第3章: マンジル-エ-ミーム
1922年· ババ 28歳ページ 303 / 5,444
とバーバーは尋ねた。
「聞こえなかったのですか?食事を私の部屋に持ってきてください。」
マサジは口ごもりながら答えた。「毎日あなた様の昼食を取っておきましたが、一度もお召し上がりになりませんでした。」
「しかし今日は欲しいのです」とバーバーは譲らなかった。「どこにありますか?」
マサジはそれをアディに渡したと白状し、バーバーは一時間にわたって彼を叱責し、命令は文字通り従うべきであり、従う際に自分の頭を働かせてはならないと戒めた。
この時期、バーバーはアディとグスタジを伴い、パレルにある宝石商カイクシュル・マサの家を訪れた。カイクシュル・マサは留守だったが、妻のスーナマシと娘のコルシェッド、そして伯母のモティバイが昼食を取っていた。ノックもせずに階段を上がってきたバーバーは、彼らの家に入ると、アディとグスタジを後に残してまっすぐ台所へ向かった。導師の装いはいつもの通り — 白く長いシャツ、白い綿のズボン、そして頭にイラニ風のスカーフを巻いた姿だった。突然踏み込んできたこの見知らぬ人物を見て、伯母は叫んだ。「この狂人は何者だ?」
スーナマシとコルシェッドは、五月にサコリで会ったバーバーをすぐさま見分けた。二人は深い敬意をもって彼を迎え、モティバイはひどく恥じ入った。
バーバーは、自分は今この街に住んでいると彼女らに告げ、こう言った。「マサに伝えてください。毎朝早く、店に出る前にマンジルへ私を訪ねてくるよう、また夕方にも来るよう、と。コルシェッドも、学校が終わったら毎日私のところへ訪ねてきなさい。スーナマシ、あなたは日中いつでも来てよろしい。」
そう言ってバーバーは去り、彼女らは毎日彼に会えるという見通しに胸を弾ませた。
コルシェッドは毎日午後四時にマンジル-エ-ミームへ通い始めた。しばらくして、彼女のいとこであるピロジャとドリー(グルマイの娘たち)が学業のためボンベイへ来て、三人の少女はそろってバーバーを訪ねるようになった。彼は彼女たちに学校で何を学んでいるかを尋ね、彼女たちは無邪気に率直に答えるのだった。時折、彼は彼女たちと特定の遊びをした。少女たちは両手を両耳に当てて彼の前に並び、バーバーは彼女たちの一人にボールを投げる素振りをした。捕えようとする勢いで耳から手を離してしまえば、その子はアウトとなった。同様に、バーバーが実際にボールを投げ、彼女が捕まえる前にそれが当たった場合も、その子はアウトとされた。バーバーはこの子供たちにとって生き生きとした遊び相手となった。あまりに楽しいので、三人とも一日中マンジルにとどまって学校をさぼりたいと願ったほどだった。
マンジル-エ-ミームにいる間、バーバーは外部の者を彼のもとに会わせることをほとんど許さなかった。しかし、1922年7月2日(日曜日)、デカン大学の敬虔なムスリム教授ハイデル・イブラーヒーム・サヤニが導師に紹介された。1
脚注
- 1.1903年、サヤニ教授とその兄は、ババジャンが二度目のメッカ巡礼に向かった際、同じ船に乗り合わせていた。
