第3章: マンジル-エ-ミーム
1922年· ババ 28歳ページ 294 / 5,444
皆が休めることを喜び、バーバーは全員にお茶とビスケットを振る舞った。短い休息の後、彼らは再び歩き始めたが、サダシヴと年配の何人かは既に疲れ果てていた。バーバーは彼らの不平を聞きたくなかったため、彼らを汽車で先にタレガオンへ送った。
午後2時頃、一行はキンド村に到着した。バーバー、サロシュ、ラムジューが先頭に立ち、タレガオンの郊外に着いた時、木陰で立ち止まった。1時間ほどの間に、他の男たちも次々と合流してきた。皆疲れており、足が痛んでいた。ガニは熱があり、バーバー自らが大量のキニーネを彼に与えた。
皆は木陰で安らかに眠った。朝食もとらず、午前5時に再び歩き出し、4時間休まず歩き続け、9時にカムシェトに到着した。アブドゥル・タヤブ(ラムジューの知人)がロナヴラから車で、パン、バター、ジャムを持って到着した。アブドゥルがお茶を淹れ、皆は駅近くのダラムシャラで朝食を楽しんだ。彼らはその日、近くの小さな森の木陰で休んだ。
翌日、彼らは午前5時に再び旅を始めた。5月はインドで最も暑い月であるため、日射病を防ぐには早朝の時間帯に歩かねばならなかった。黄昏の中、美しい丘陵を抜ける旅路は魅力的であったが、その日バーバーの足首は腫れ上がり、炎症を起こした。痛みにもかかわらず、彼はそれでも速く歩いていた。男たちは彼に休んで欲しかったが、彼は拒んだ。3時間後、彼らはロナヴラに到着した。短く休息する間、町からお茶が運ばれてきた。元気を取り戻した彼らは1時間でカンダラに到着した。
その旅について、ベイリーは後にこう書いている。
最初からバーバーは、日中は水を含むあらゆる便宜が整った村の場所で旅の疲れを癒すよう命じた。夜の間に移動するという決まりであった。各人は手に杖を持ち、自分の宗派の神の御名を絶えず唱え続けることになっていた。そのようにして、満月の夜であろうと月のない夜であろうと、4つのランタンを携えて夜間の徒歩行を続けた。日の出の最初の兆しを見ると、近くの村を探した。その頃には皆くたくたに疲れていたからである。それでもバーバーの足取りは、出発時も歩行の終わりも全く変わらなかった。
