第20章: マンジリ・マフィ
1950年· ババ 56歳ページ 2,903 / 5,444
「時代」は1950年の愛しいお方のクンバ・メーラのワークと、それが彼にもたらした苦しみを目の当たりにして涙にくれた。それでもなお、後世のためにアバターの過酷な愛の労苦を記録できることを栄誉と感じた。「世間には知られず、完全な沈黙のうちにメヘルが行ったワークは、宇宙のためのものであり、単なる教えではない。それはあらゆる胸を電撃のように震わせ、まもなく光が必ずや闇に取って代わるであろう!」
その一方で、ペンドゥとムルリは牛車を引かせるために繋がれていたイギリス種の雄牛ラジャをモティチュールへ連れて来ていた。バーバーはその雄牛を繁殖のためゴーシャラ(牛舎)に渡したいと望んでいた。その折モティチュールに居合わせたクマールが、近くで同様の施設を運営していたマハートマ・ガンディーのイギリス人弟子ミラベンに渡してはどうかと提案した。それはパシュ・ロク[動物の世界]と名付けられていた。バーバーは同意し、ペンドゥにマンジリ・マフィへ戻る途中でミラベンの所に立ち寄るよう頼んだ。
そのとおり、ペンドゥはモティチュール近くにあるミラベンの動物飼育場を訪れた。ミラベンは、彼らがイギリス種の雄牛を繁殖の目的で用いるのをやめていたにもかかわらず、ラジャを受け入れる意向を示した。ペンドゥは10日に誰かをマンジリ・マフィへ寄越してラジャを連れて行ってくれるよう頼み、ミラベンは承諾した。
ペンドゥとムルリは1950年4月9日日曜日にマンジリ・マフィへ戻ったが、翌日、ミラベンの所からは誰一人として雄牛を引き取りに来なかった。数日後、バーバーはクマールをミラベンのもとへ遣わした。ミラベンは結局のところラジャを受け入れることはできない、と説明した。そこでクマールは、四人の女性同伴(ラジャの所有者)の名義でラジャを譲り渡すよう頼まれた。クマールは14日に別の施設にラジャを贈り、牛車は売却された。
バーバーは同伴たちと会合を持ちたいと望み、4月11日の午前7時きっかりに彼らの宿舎に到着した。ドンもデーラードゥーンから呼び寄せられていた。同伴たちがバーバーの周りに席を取ると、その場の空気は張り詰めていた。
バーバー自身も非常に真剣な面持ちで、重々しく厳粛な表情で会合を始め、こう述べた。
「第三の計画にある皆さん一人ひとりが、その条件を百パーセント遂行しようと最善を尽くしておられると、私は感じています。また私は、自分の旧生活の習慣の60パーセントは確かに永遠に去ったと確信しておりますが、40パーセントはなお残っていると感じます。それゆえ、私は当然、皆さんのうちのどなたか一人を、あるいは皆さん全員を、要請もなく、また落ち度もないまま私のもとから去らせることはできませんし、第一や第二の計画のいずれかを採るよう指示することもできません。
