第20章: マンジリ・マフィ
1950年· ババ 56歳ページ 2,901 / 5,444
彼はその禁令について知らされたが、バーバーに会うことに固執したため、バーバーは小屋から出てきてその男の足に頭を乗せた。こうして、バーバーはその日接触のために外出しなかったものの、メタ氏のダルシャンは受けた。
3日の早朝3時、まだ漆黒の闇に包まれた中、バーバーはエルチ、ペンドゥ、バイドゥル、グスタジを伴って徒歩でモティチュールを発ち、ハルドワールへ向かった。ニルダーラ近辺で、バーバーは出家修行者やサドゥーたちと接触し、十一時間ぶっ通しに身を屈めては一人ひとりの足に触れた。その日の総数は圧倒的な数字――2,965人にのぼった!
バーバーは仲間たちを率い、ガンジス川の両岸でのこれらの接触のために約20マイルを歩いた。終える頃には、バーバーはひどく疲労していて、ほとんど立っていられないほどだった。同伴たちは戻るためのバスかトラックを探そうとしたが、利用できる乗り物が見つからず、疲れ切った身体でモティチュールまでとぼとぼ歩いて戻らねばならなかった。
道中、バーバーは「私の全身がひどく痛みます」と嘆かれた。
肉体的には疲れ切っていたが、翌朝の1950年4月4日火曜日、バーバーは四人の同伴を率いてバラワラの地域へ向かい、最近他所からそこへやって来た聖者たち338人とさらに接触した。バラワラで、接触の総数は1万人に達した。ペンドゥがバーバーにそれを報告すると、バーバーは自らの労苦に満足を示し、たいへん満足していると述べた。
その場にいた四人の男たちは、1万人の「聖者」のうち真の聖者や進んだ魂はごく一握りにすぎないと感じた。「クンバ・メーラに参加するためインド各地から集まったあのサドゥーや巡礼者たちは」と「時代」は記した、「自分たちの中にどなたが居られるかを知る者はほとんどいなかったとはいえ、たしかに神のダルシャンを受けたのであった。神ご自身が求道者となって何千人もの足元に頭を垂れられたのだが、人々はあのお方に気づかなかった。」
バーバーがモティチュールに戻ると、彼らは米とダルの簡素な食事を取り、しばらく休んでから、バーバーは出発のための荷造りを始めた。
その夜、バーバーはこう告げられた。「クンバ・メーラでの私のワークは終わりました。私は明日マンジリ・マフィに向けて出発します。皆さんは7日に荷物を持って来てください。ペンドゥとムルリは牛車で後を追ってください。」
バーバーは依然として体調がすぐれず、今や風邪と咳まで抱えていた。その夜、バーバーは自ら荷物を詰め、出発の用意を整えた。
バーバーは4月5日にペンドゥと共にモティチュールを発ち、マンジリ・マフィへ向かった。
