第20章: マンジリ・マフィ
1950年· ババ 56歳ページ 2,899 / 5,444
1950年3月28日火曜日の早朝、バーバーは四人の同伴と共にハルドワールへ向けて出発した。そこで彼はナトパンティアおよびニルマリ派のサドゥーとマハートマ612人と接触した。1ニルマリの野営地の中央近くでは、年配のマハートマの一人が群衆に向かって「聖者やサドゥーのダルシャンを受けることによって得られる益」について講話をしていた。そこに立ち、まるで一心に耳を傾けるかのように、バーバーはそのマハートマの霊性に関する説法を丸一時間聞いていた。その後、バーバーはマタジス(母たち)と呼ばれる宗派の女性サドゥー70人と接触し、それぞれの女性の足元に頭を下げた。これらの女性を含めて、接触の総数は4,510人となった。
その日の午後1時30分にモティチュールへ戻ると、バーバーはヴィシュヌとクマルが自分を待っているのを見た。ヴィシュヌはエリザベスからの電報を持ってきていた。他の差し迫った事柄について指示した後、バーバーは二人を再びマンジリ・マフィへ帰らせた。彼らが訪れている間、バーバーはワークで疲れていたにもかかわらず陽気で、彼らと冗談を交わした。
3月29日はヒンドゥー教の聖日ラム・ナヴァミ——ラム神の誕生日——を祝う日であった。サート・サロヴァルに新たな聖者の一団が到着したと知り、バーバーはその日サドゥーとマハートマ472人と接触した。あらゆる種類の交通機関と人混みでごった返す大通りで彼らに出会うと、足を止めさせてでも、バーバーは彼らの足元に頭を置いた。あるサドゥーたちは木陰に座っていたり、またあるサドゥーたちはガンジスの川岸にいたりした。中にはバーバーが川で沐浴している最中に接触した者もいた。濡れて、群衆に押されながらも、バーバーは川へ通じるガートの石段を下り、水の中へ入って行って接触をした。彼はこのワークのためにそうした苦難を耐え忍んだ。
この絶え間ない緊張——ダルシャンを受けるために絶えず身を屈めること、サドゥーやマハートマを求めて何マイルも歩き続けること、そして一日に米とダールの食事一回だけで生活すること——がついに彼の健康に影響を及ぼした。バーバーは疲れ果てたように見えたが、彼自身が示したように、それから「大きな喜びを得て」いたため、何としてもこのワークを完遂しようと心に決めていた。
1950年3月30日、霧の朝にはヒマラヤから強風が吹き下ろし、凍えるほどの寒さだった。露と霧のため、すべてが湿っていた。
脚注
- 1.ナトパンティ(Nathpanthi)派は、グルであるマチンドラ・ナト(Machhindra Nath)に従う。
