第19章: 新しい人生
1950年· ババ 56歳ページ 2,867 / 5,444
「一時間以内にベジタブル・プラオ[野菜の炊き込みご飯]を用意してお持ちします」とクマルは言った。バーバーが同意すると、クマルは慌てて飛び出し、オートバイに飛び乗って4マイル離れたマンジリ・マフィまで全速力で走った。彼は妻のスバドラーに、30分以内に10人分のプラオを用意するよう言った。スバドラーは情の厚い、純真で心の広い女性で、遅い時間ではあったが、すぐに料理を始めた。しかしクマルがあまりに急ぐので、彼女は神経をすり減らした。彼は手に時計を持って台所に居続け、急ぐよう彼女を急き立てた。
「少し落ち着いてください」とスバドラーは言った。「そうでないと、ご飯が台無しになってしまいます」
「火を強くしろ。待っている時間はない!」と彼は怒鳴った。
スバドラーは精一杯急いで料理していたが、クマルは気が気でなかった。彼女は米が焦げないように一定の火加減で炊いていたが、クマルはただ時間に間に合わせることしか考えていなかった。
ようやくプラオができあがった。クマルはそれを鍋に入れ、駅へ駆けつけ、一時間以内に戻ってきた。バーバーは大変喜んだが、クマルはバーバーと一緒にいる人がさらに増えていることに気づいた。ブルジョル・チャチャや他の人々が来ており、人数は今や20人を超えていた。戸惑ったクマルは、その食事でこれほど多くの人をどうやって賄えるのかといぶかしんだが、口に出さずに黙っていた。鍋はテーブルの上に置かれ、トランクから皿が取り出された。バーバーは皆に食事をよそい始めた。バーバーが各皿に多く盛るほど、クマルはますます不安になっていった。
「お好きなだけお取りください。腹いっぱい召し上がってください」とバーバーは言った。「後では何もいただけないかもしれませんから」
全員に行き渡り、皆が満足した後でも、鍋にはまだプラオが残っていた!クマルはこの奇跡に驚嘆した。
バーバーとその一行のためのマンジリ・マフィの井戸と小屋がまだ整っていなかったため、バーバーと同伴者たちはデラドゥンのニュー・カントンメント・ロード4番地にあるプラット夫人のバンガローに滞在した。バーバーと女性たちは本館を使い、男性たちは敷地内にある使用人部屋と物置として用いられていた小さな部屋三つに泊まった。
アリーガルの著名なクリーム製造業者であったトディ・シンは、キシャン・シンを通じてバーバーのことを知り、1949年8月の新生活会合の際にサロシュ・モーター・ワークスでバーバーをちらりと見たことがあった。
後に、彼は夢の中でもバーバーを見た。その夢の中で「私に仕えてくれますか? 私と同伴者たちに食事を供してくれますか?」と尋ねられた。
