第19章: 新しい人生
1950年· ババ 56歳ページ 2,865 / 5,444
滞在最終日の十一日、マカンラル夫妻は調理済みの食事を運んできた。バーバーは彼らと会うことを承諾し、マカンラルはバーバーの前ではらはらと涙を流した。彼はバーバーの名さえ知らなかったが、内に感じる愛のために涙が止めどなくあふれた。バーバーは手の合図で「話して」おり、エルチがそれを通訳していた。それでもこの男はバーバーが沈黙を守っていることに気づかなかった。バーバーが女性側で会った彼の妻にも、まったく同じことが起こった。バーバーは身振りで彼女と「話した」が、その女性もまたバーバーが沈黙していることに少しも気づかなかった。マカンラル夫妻はバーバーと同伴たちに、通常の愛の尺度を超えて尽くした。相手が誰であるかも知らずに尽くすというのは並大抵のことではないが、メヘル・バーバーは幾度となく人々をそうさせるよう導いた。
マカンラルはバーバーと同伴たちを自宅の食事に招いたが、バーバーは彼にこう言った。「これまでビクシャとして為してくださったことで十分です。私が愛をもって受け取った以上、それで十分な報いとなっています」。
カカは昼夜にわたるあまりの仕事量のために極度に疲弊していた。ナジバーバードで心臓発作を起こし、彼はすっかり衰弱してしまった。ロバのサクーとタクーはこの時に売られ、以後は列車で進むことに決まった。バーバーが列車での旅と決めたのは、カカへの慈悲ゆえであったのだと、同伴たちはようやく悟った。
バーバーはペンドゥ、ドン、サダシブ、バイドゥル、アロバの五人に、ナジバーバードからマンジリ・マフィまでキャラバンと二台のトンガ、牛車を運ぶ任を授け、本街道を行くよう告げた。しかし五人はバーバーの正確な指示を守らず、後に見るとおり悲しむべき結果を招いてしまった。
1950年1月12日木曜日午前四時半、バーバーは女性たちと残りの同伴たちとともに、デラ・ドゥン行きの列車に乗るため駅へ向かった。ジュート商人の助手が二等切符を手にしてその場にいた。しかし二等車両のいつもの混雑を考慮し、バーバーはアディに女性たちを一等車で旅させるよう手配を頼んだ。アディがその旨を助手に伝えると、助手は即座に応じて一等切符を四枚買い求めた。
一行は六時の列車で出発し、その朝十時半頃デラ・ドゥン駅に到着した。シンジという饒舌なシーク教徒の元陸軍少佐が、バーバーと男たちと同じ車室で旅をしていた。彼はドイツで五年間捕虜生活を送ったことがあった。道中、彼はひっきりなしに会話を続け、当時の世界情勢について自身の意見を述べた。彼は男たちにバーバーとその沈黙について尋ね、以前列車内でバーバーを見たことがあると語った。それはおそらくバーバーが幾度となく行ったマスト巡回の折のことだったのだろう。少佐はラクサル駅で降りる前、皆のために茶を注文すると言って譲らず、バーバーはそれを認めた。茶の後、車室を去る間際にシンジは突如としてバーバーの足元に頭を伏せた。バーバーは直ちに立ち上がり、その男の足に触れて礼を返した。
