第19章: 新しい人生
1949年· ババ 55歳ページ 2,838 / 5,444
翌日の11月25日、カレ博士の家がおよそ10マイル離れていたため、バーバーはグスタジ、アディ、ババダスと共に、今度はカレ家からビクシャーを受けるべく、再びナート博士の家へ乞食に出かけた。この時もまた、バーバーは敬虔な沈黙のうちにビクシャーを受け取った。バーバーの許しを得て、ナート博士は地元の写真家にその場を撮影してもらう手筈を整えていた。ガヤ・プラサードを除けば、彼の妻ジャナキも、息子も、その家族も、これまでバーバーに会ったことはなかった。「両家はなんと祝福されていたことか。メヘル・プラブが乞食の生活に初めて踏み入られたのが彼らの戸口であり、初めての施しを受けられたのも彼らの手からであったとは。彼らの愛と献身に対し、主はいつの日か彼らに永遠の歌を聞かせることになる贈り物を授けられたのである。」
26日から、同伴者たちは古都の街路へ繰り出して乞食を始めた。彼らの装いはバーバーに似ていた——裸足で白いカフニを着、真鍮の托鉢椀と橙色の布袋を携え、緑のターバンを巻いていた。彼らは二人一組で組を作り、ビクシャーを受け取るまで家から家へと歩いて回って乞食をした。ベナレスはインドで最も名高いヒンドゥー教の巡礼地であり、サドゥや行者、乞食に事欠くことはなかったが、同伴者たちの特異な装いに人々は足を止め、宗教や宗派、カースト、あるいはグルについて問いかけてきた。
ある者は愛のために、あるいは自らの神の名において施しを与え、ある者は与えなかった。ムスリム居住区では、カカとニルが嘲笑された。「お前ら二人はパンジャーブのレスラーみたいじゃないか!なぜ乞食などをしている、なぜ仕事に就かないのだ?」しかし、同伴者たちがそのような屈辱的な経験を味わわねばならなかったとはいえ、家々を巡る乞食は無事に成し遂げられた。
ナート博士はサールナートにバーバーと同伴者たちのための宿を手配し、ドンはそこの施設を監督するため先に出発した。男女それぞれのための適切な準備が確実に整うよう、アディはナート博士に同行してサールナートへ赴いた。
バーバーと同伴者たちがベナレスとサールナートから北のハリドワールまでの徒歩の旅と、携えていく食糧について話し合っていると、食費に充てる金がもう残っていないことが明らかになった。
