第3章: マンジル-エ-ミーム
1922年· ババ 28歳ページ 264 / 5,444
午後には弟子たちが小屋の近くに来て、歌を歌ったり、音楽を演奏したり、遊びをしたりした。バーバー自身も歌い、ドーラクで伴奏した。その後、お茶や菓子、果物がプラサードとして振舞われた。訪問者たちは午後七時半までに帰り、マンダリはさらに一時間ほど留まり、その間バーバーは叔父のマサジが運んできた夕食(通常はギーの入ったマサラ〔香辛料入りの〕ダールとチャパティ)をとった。1九時になるとベイリーかアルジュンを除く全員に帰宅するよう告げられた。
バーバーとベイリーは小屋に入り、内側から扉を閉ざした。バーバーは薄い敷布団に横になりシーツを掛け、ベイリーは灯油ランタンの灯のもとで数時間にわたり執筆した。バーバーが伝えた要点と情報、そして彼の指示に従って、ベイリーはウパスニ・マハラジのグジャラーティ語による伝記を書き始めており、その題を『サコリナ・サッドグル〔サコリの完全なる導師〕』とした。
毎週木曜日(伝統的なグルの日)には、バーバーはカスバ・ペートを訪れ、弟子たちは、タディ酒の店の隣にあるサダシヴ・パティルから借りた寺院の部屋に彼の周りに集まった。バーバーはアールティの儀式を主宰し、果物や菓子のプラサードを配った。彼は講話を行い、その場にいる各人の様子を尋ね、それぞれの個人的な事柄や仕事の問題、悩み、責務について質問した。
バーバーがファーガソン・カレッジ近くの小屋に住んでいたこの時期、彼は自分に従いたいと願う者たちに会うため、頻繁にこの部屋を訪れた。朝夕にはこの部屋でアールティが行われた。
毎週日曜日には大勢の人々が彼のダルシャンを求めて小屋にやって来た。その集まりは祭りのような賑わいで、通りすがりの見知らぬ者の目には、見本市かカーニバルが開かれているように映った。ガニ、サイエッド・サヘブ、ラティーフはボンベイから、ラムジューはロナヴラから来た。カスバ・ペートからは、サダシヴ、コンディラム、アルジュン、グスタジ、ヴィシュヌ(母がバーバーのために料理をした若者)、サイエッド・ジャマダール(元警察官)、マリヤ、ヴィタル、チョウダリ、マードー・ガヴハネ、バブ・サイクルワラ、バラ・タンバトらがダルシャンに参加した。
プーナへ呼ばれた近しい者たちの中にはグルマイもいた。彼女が到着したある時、マンダリは小屋の外に座ってバジャンを歌っており、バーバーは一弦の楽器エクタラを弾いていた。バーバーは微笑みで彼女を出迎え、立ち上がって手を取り、皆が座っている所まで連れて行った。
脚注
- 1.マサジはこの頃、プーナの大きな拝火神殿で料理人として働いていた。
