第17章: 会合とダルシャン
1945年· ババ 51歳ページ 2,459 / 5,444
続いてバーバーは、5月にメヘラバードで一週間共に過ごし、「署名者全員の最大の利益のために、一ヶ月の会合における時期、場所、食事、その他あらゆる便宜の調整を含めた将来の在り方」を協議・決定してほしいと望んだ40名の名前を書き出した。
チャンジの生活はバーバーの仕事に従事するあまり多忙を極めており、自身の日記やメモ、手紙のすべてをきちんと整理する時間がなかった。彼はあれこれ書き留めては、それらをひとまとめにして自分のトランクの中にしまっておくのが常だった。既述の通り、エルチとアディ・シニアは1940年にバンガロールに滞在していた折、彼の所持品の一部を整理していた。チャンジの死後、彼のトランクはボンベイからメヘラバードへ運ばれ、バーバーはそれらを整理し順序立てる任をフェラム・ワーキングボックスワーラに委ねた。
フェラムにとって、チャンジの手紙やメモに目を通す作業は退屈で骨の折れるものとなった。まず、チャンジの筆跡は時に顕微鏡で見るほど細かく、しかも彼は手近にある紙切れに何でもバーバーの説明を書き留める癖があり、しばしば日付を記さなかったり、あるいは日と月だけを書いて年は記さなかったりした。フェラムは九ヶ月かけて、できる限り最善を尽くしてそれらを整理し、その作業を成し遂げることができた。かくして、フラムロゼ(チャンジ)の遺品はフェラムロジ(フェラム)によってきれいに整えられたのである!
チャンジの死後、アディ・シニアはメヘル・バーバーの公式秘書となり、師とその信奉者たちとの間の書簡業務を担っていた。フェラムは、アディが書簡と会計を整然と保つのを補佐していた。
フェラムは素朴で純真、極めて騙されやすい人物であった。彼はしばしばマンダリの冗談の的となり、特にペンドゥとニルは彼をからかうのが大好きだった。フェラムはまた喘息を患って体調が思わしくなく、バーバーはペンドゥに対し、毎日彼に牛乳を与えるよう指示した。あるときフェラムはニルにこう不満を漏らした。「ペンドゥがくれる牛乳がどうも好きになれないんだ。妙な味がする。」
「そりゃあ、彼が君に水牛の乳をやってないからさ」とニルは冗談めかして言った。「彼は君に馬の乳を飲ませてるんだよ——君を馬みたいに丈夫にするためにね!」
「本当に?」とフェラムは信じられぬ様子で尋ねた。「雌馬から乳を搾ることなんてできるのかい?」
「もちろんさ」とニルは言った。メヘラバードには毎日アフマドナガルから物資を運び込むためにトンガが備えられており、そのトンガの馬が最近子を産んだばかりだった。そういうわけでフェラムは、ペンドゥが本当に自分に雌馬の乳を飲ませているのだと信じ込んだ。
