第17章: 会合とダルシャン
1945年· ババ 51歳ページ 2,458 / 5,444
1944年12月1日付の最終回章にご署名された方々は、1945年5月に召集されました。多くの方々はそれぞれの事情に応じて身辺を整え、一ヶ月にわたる集会に出席する準備を整えておられます。数名の方々は一ヶ月の休暇を取ること、あるいは一ヶ月間離れることに困難があり、熱意を抱いておられるにもかかわらず出席することができません。それはともあれ、この会合はさまざまな理由により、これまで幾度も延期されてまいりました。
この会合の具体的な目的は霊的なものであり、それが適切に果たされない限り、単に多数の署名者を一堂に集めるだけでは、その目的を達したことにはなりません。一ヶ月にわたって共に集い、共に暮らすことには、いくつもの困難が伴います。それらは自然な手段を通じて適切に解決されなければなりません。現時点における私の普遍的なる心の介入は、適切ではありません。すべての署名者が、肉体的必要事に過度に気を取られることなく、集会の霊的大義に全身全霊で献身し得るためには、信者方の住居や食事をはじめとする物理的に必要な事柄のすべてが適切に整えられねばなりません。
戦時下の状況により、食糧配給は絶え間ない問題であり、見たところ解決の糸口さえありません。そのうえ、数百名もの人々が一ヶ月にわたり共に滞在することに対する政府の規制も、もう一つの未解決の問題であり、移動の困難もまた、各署名者にとって決して軽いものではありません。
この集会がもっぱらそれを掲げて成り立ち、かつ最も重要であるところの霊的目的に鑑みれば、最大の成果を得るに最も相応しい時機に合わせるために更に延期するということは、たとえ不適切に見えようとも、一時的な必要となります。移ろいゆく出来事の見かけの様相の中から、自己-実現という上部構造を支える確固たる霊的基盤が立ち現れます。一ヶ月の会合の延長と延期によって生じる精神的動揺を超克することは、精神的にせよ肉体的にせよあらゆる代償と苦難を引き受けてでも私の指示に従うという完全なる服従に最初に署名された際の信仰が健全であることの確かな証として数えることができます。
1944年12月1日付の最終回章による一ヶ月の会合は、1945年5月には開催いたしません。したがって私は、すべての署名者がこの会合に出席するために休暇を取らねばならない、あるいは既に取ったといった一切の取り決めから自らを解き放たれることを望みます。
一連の一時的な延期の鎖の中に恒久的な絆を打ち立てるべく、私はすべての署名者が5月1日の終日、すなわち1945年5月1日午前7時から5月2日午前7時までの24時間にわたって断食をされることを望みます。固形物も、水も、その他いかなる液体も口にしてはなりません。
