第17章: 会合とダルシャン
1944年· ババ 50歳ページ 2,448 / 5,444
バーバーへのジャイの心からの叫びが空気を満たし、激しい高揚感が辺り一帯に広がった。バジャンの歌が始まり、人々は愛しいお方の微笑みに酔いしれて、世界と自分の悩みを忘れた。その後、バーバーとマンダリは昼食を取り、それからサオネルのメヘル・スピリチュアル・センターへ案内された。ハルカレは目に涙を浮かべてバーバーへのアールティを行い、ポファリの家族はバーバーのダルシャンを受けた。バーバーはここで「霊的渇望の消えざる炎」というメッセージを与え、ハルカレがそれを朗読し、続いてガデカルがマラーティー語に訳した。以下はそのメッセージの一部である。
欲望の生は、喜びと苦しみ、満足と失望、善と悪という対立物の間を絶え間なく揺れ動くことを、常に、そして必然的に強いられます。しかし、自我の生における騒々しい苦痛と快楽のただ中において、経験が円熟し、導師の恩寵を通じて、偽りでありはかない生の形を通して満たされようとする欲望が完全に空しいものであるという明らかな認識が立ち現れます。
これが、真と偽との絶え間ない見分けに伴われる、霊的渇望の生の始まりです。霊的渇望がこのように目覚めたなら、それを完全に鎮めることも、避けて通ることも決してできません。それは、限界をもたらす欲望の根そのものを焼き尽くす、消えざる炎となるのです。かくして巡礼者は、激しい霊的渇望を通じて、平安なる住処へとたどり着くのです。
それからバーバーは、市立高等学校の向かい側の広い空き地へと向かったが、そこには巨大なパンダルが立てられていた。しかしそれは、集まった数千人の人々を収めるには十分な大きさではなかった。群衆はあまりにも膨大で、抑えがきかなくなってきた。
ジャル・ケラワラがバーバーのメッセージ「人間の神聖な遺産」を朗読し、ハルカレ弁護士がそれをマラーティー語で繰り返した。
あらゆる風土、あらゆる場所において、人は絶えず幸福を求めて努めています。しかし、幸福を手にしている者は極めてまれです。なぜなら、幸福の秘密を真に知る者がごくわずかしかいないからです。
人は絶えず挫折感や限界を感じ、休みなき苦悩や苦しみに常に捕らわれています。それは、自らの真の本性を知らずに、自分を肉体や欲望や限定された個の心と同一視してしまい、その結果、それぞれが持つ限界と苦しみの犠牲となっているからです。自分はこれらすべてとは異なるもの、それらを超え越えたものであると知ることによってのみ、人は永続する幸福の神聖な遺産へと自由に入ることができるのです。その遺産は、神としての彼自身の存在から切り離すことのできないものです。
