第17章: 会合とダルシャン
1944年· ババ 50歳ページ 2,440 / 5,444
ディネシュは以前バーバーに会ったことのある女流詩人であった。彼女は富裕な女性で、バーバーを迎えるために手の込んだ準備を整えていた。バーバーが歩くところはどこでも、床や階段に美しい絹のサリーが敷かれていた。1
11月11日土曜日の夜、ゴーラクシャン・マイダーンで午後9時30分にダルシャンが始まり、そこには約3万人が集まった。バーバーは「神と宗教」に関するメッセージを与え、ニヨーギー判事がそれを朗読し、デーシュムクがマラーティー語に、マネク・メータがヒンディー語に通訳した。以下はその抜粋である:
世の組織化された宗教は、それらの宗教がまさに生まれ出る霊感の源泉であった方々の真のヴィジョンを表現し損ねることがしばしばあります。教義や信仰、儀式や典礼は、決して真の霊的生活の本質たり得ません。宗教が単に外的な儀式や典礼の問題となってしまったとき、それは魂の檻となってしまっているのです。一つの宗教を別の宗教に取り換えてみても、大して助けにはなりません。それは一つの檻から別の檻へ移るようなものです。もし宗教が、人間が魂を霊的束縛から解放し神を実現するのを助けないのであれば、それは何の有益な役割も果たしません。そのときは、宗教は神に場所を譲るべく立ち去る時なのです!
それゆえ私は、新しい宗教を創始することには関心がありません。世界はすでに、教義と信仰に基づく無数の宗派によって分断されています。私は人間にもう一つの檻を与えるために来たのではなく、無限の真理を世に伝えるために来たのです。世界に必要なのは目覚めであって、単なる言葉による教えではありません。神聖なる生命の自由と広がりであって、機械的で大仰な形式の表面性ではありません。愛であって、力の誇示ではないのです。
私の前に控えている世界的な仕事は、とりわけ創造的なものです。厳密に言えば、あなた方の誰一人として私から神性を受け取る必要はありません。しかし、私が与えるべきものは、私たちすべてが一つであるという知識と体験なのです。
人間は自我の生活の魅惑から引き離されることになります。彼は自らの神性を完全に受け継ぎ、自身が他ならぬ至高の神そのものであると知るでしょう。そして彼の胸は開かれ、力強い神聖なる愛が放たれることになるのです。神聖なる愛は衰えも恐れも腐敗も知りません。なぜならそれは、すべての生命が一つであるという理解によって照らされているからです。真の価値に目覚めている人々は、この私の呼びかけに耳を傾けてください。彼らは真理と愛の新時代を現出させる上で、十分な役割を担うことになるでしょう。
脚注
- 1.ディネシュ・チョルディアは後にダルミアという裕福なマールワーリー実業家と結婚し、夫の家族によってバーバーを訪ねることを禁じられた。
