第17章: 会合とダルシャン
1944年· ババ 50歳ページ 2,423 / 5,444
マストにしては珍しく、彼は上品で清潔な衣服を身に着け、良家の出であった。その聖者は夜になるとデリーの街路をさまよい、昼は通りに座っていた。広大な都市中をさまよっていたため、彼に接触するのは困難であったが、バーバーは結局早朝、井戸のそばで彼を見つけ出し、接触を果たした。
その後、バーバーはカシミールへと向かった。道中のある時点で、チャンジが一行と合流した。1ラノは旅行許可証を持っていなかったため、カシミールへの越境を禁じられた。チャンジは彼女をドメルの担当事務所へ連れて行き、そこで彼女は係官に許可証を申請してあるがまだ受け取っていないと述べた。その後ラノは戻り、バーバーと共にさらに問い合わせるため電報局へ向かった。書記は彼女の説明に耳を傾けたが、書類は確認しなかった。バーバーはラノに、書類を見せるよう強く求めるようにと合図した。結局、書記はこう認めた。「許可証は届いていますが、所定の事務所に送られる前には誰にもお見せすることはできません。」バーバーの意向に従って、チャンジは彼の手間に対して謝礼を渡した(いくらかのバクシーシ[心付け]を与えた)。許可証は事務所へ運ばれ、ラノは先へ進むことを許された。
一行は1944年8月18日金曜日の夕方にスリナガルへ到着した。他のマンダリは三日前に到着していた。チャンジは高熱を出し衰弱していたにもかかわらず、それでもスリナガルから六マイル離れたグプタガンジャ・ロードのニシャット(またはシャリマール)にある、まだ建設中で広く人目につかないバンガローを借りることに成功した。2そのバンガロー、バガット・ヴィラはカラムチャンド・バガットという男の所有であった。そこには広い構内、近代的な衛生設備があり、マンダリを収容できる別棟のコテージもあった。しかしまだ準備が整っていなかったため、皆は一週間スリナガルのマジェスティック・ホテルに滞在しなければならなかった。
スリナガルで影響力のある医師であったダウラト・シン博士はそのスリナガル地域でメヘル・バーバーのメッセージを広めており、その結果三人の人物が師の軌道に入ることとなった。トライロキャ・ナート・ダール、P・N・ガンジュー、そしてワース・デオ・カインである。三人ともバーバーのダルシャンを切望していた。実のところダールはバーバーがマジェスティックに滞在していると聞き、19日に彼に会いに出向いた。バーバーはお忍びで旅していたため、彼はホテルにその名前の客はいないと告げられた。
ダールは諦めず、ホテルで働いている少年に、長髪で口ひげを蓄えた客が泊まっていないかと尋ねた。少年は即座に答えた。「はい、最上階に耳が聞こえず口もきけないマハラジャが泊まっています。」一瞬の後、バーバーが上階の窓から顔を出し、ダールはこの時初めて愛しいお方を一目見た。バーバーは彼に数分間の面会を許し、ダールは生涯の信奉者となった。
脚注
- 1.チャンジはデリーで彼らを待っていたか、あるいは国境地帯で合流したのかもしれない。
- 2.1944年8月9日付けのチャンジの日記の最後の記述の一つには、それ以上の説明もなく「最も辛き試練」という見出しがつけられている。
