第16章: 戦時中のマストへの旅
1944年· ババ 50歳ページ 2,412 / 5,444
それから帰りの途中、ウィスコンシン州のレイク・ジェニーヴァに立ち寄り、家族の所有地を訪れました――そこからあなたにお手紙を差し上げたのでした。何年ぶりかにあの農場を見て、あの地方がいかに美しく肥沃であるかを改めて思い知りましたが、もちろん冬は非常に寒く、あなたが望まれた温和な気候ではありません。
この冬は、母が心臓の不調でノースカロライナ州パインハーストに滞在しておりましたので、家族に会いに何度もそこへ参りました。そして父や他の方々が所有する桃の果樹園や他の土地を見て回りました。そこは温和な気候ではありましたものの、真夏は暑すぎ、土壌は砂質で多くの種類の作物を育てるのには適さず、湖も川もありませんでした。
インドにおりました頃、あなたがマートル・ビーチについて何度もお話しになり、もし米国にお越しになる場合には一行がそこに滞在するかもしれないとおっしゃっていたことを思い出しました。それでノリナと私はそこへ下って参るつもりでしたが、ちょうどその時、あなたから時宜を得たお手紙(一九四三年十一月十二日付)がマーガレットを通じて届き、お覚えのとおり、そのお手紙にも再びマートル・ビーチのことが触れられておりました。
私どもは去る二月[一九四四年]にそこへ下って参り、その間に父がケネスと私に下さった家に滞在いたしました――その家はそこにある父の家に隣接しております。私は何度も思いました――父はなぜ、すべての面でこんなにも素敵な家を私に下さったのだろう、ただ霊的目的や瞑想の生活に役立つほど人里離れてはいない、と。誰もが歩く権利のある浜辺のすぐ上に建っているのです。それを別にすれば、寝室が九つに浴室が五つなどあって、あなたの一行が滞在するのに十分な広さがございます……私たち五人は、今こうして六月の一月間を過ごしているこのあなたのセンターの土地へ出て来るまでに、そこで三日間滞在し、森での野営生活のための物資なども蓄えておきました。
話を続けますと、私は去る二月、その狩猟と釣りの保護区について問い合わせ、父は私どもを連れて六つの湖を見せてくださいました。マイアミからニューヨークへの幹線道路がその土地を通っておりますが、そこに着いてしまえば、あとはほとんど忘れ去られたかのように細くなった、砂地の小道が一本あるだけです。それは、ワシントンやラファイエットも通った旧キングス・ハイウェイで、湖の近くで迂回しておりました(きっと彼らもここで野営し釣りをしたのでしょう)……私どもは、最も大きな湖にとりわけ魅了されました。長く狭く、海まで望める湖でした。
