第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,388 / 5,444
しかしながら、十二月から三月にかけてのイランは降雪などを伴う厳しい寒さの時期であり、その期間は私があちらで行いたい特定のワークには適しません。それゆえ、私は1944年3月中旬にイランへ赴き、4月中旬までにはインドへ戻ることに決めました。
また私はグループの何人かから、1944年1月のグループ会合のために休暇を取るのが難しいという手紙も受け取っております。もっとも彼らは皆、もし必要とあらば一か月の間私の傍にいるために、勤め[職]を辞めることも、ひいては学業を断つことすら厭わないと申し述べております。彼らが私に寄せる愛と献身からくる奉仕と捨身の精神、そしていかなる犠牲を払ってでも私に絶対的に従おうとするその覚悟を、私は深く評価しております。しかしながら、私自身の理由から、彼らに世俗の務めを捨てさせたくはございません。
これらすべて、ならびに他の重要な要素を考え合わせ、私は今、イランから戻ったあと、1944年5月15日から6月15日まで、グループを私の傍に置くことに決めました。その時期には、学生たちや教育機関に勤める者は皆、おりしも夏季休暇の恩恵にあずかることができ、グループの他の者たちも必要な休暇を都合よく手配できるからです。
主として私自身が作り出した状況による、この延期の点を除いては、グループ会合のための他のすべての準備と計画、ならびに以前の回状で申し述べた霊的体験の成就のための諸事項は、変更ございません。
疑いを抱く者、性急な者、失望した者たちは、ためらうことなく身を引いて構いません。私はそれを彼らの弱さとは見なさず、ただ定められた霊的な時に歩調を合わせる準備ができていなかったというだけのことと受け取ります。それでも彼らはこれまでと変わらず私の祝福を受けることでしょう。信に満ちた胸でこの延期された期間を受け入れる用意があると署名する者たちは、こうした延期が、その期間に求められる犠牲をいっそう激しく、厳しいものとする意味を持つことを、はっきりと理解してくださいますように。
1944年1月に七日間の断食を命じられた者たちは、今後はそれを5月8日から14日まで(両日を含む)行い、1944年5月15日に私とともに、また私の傍で断食を解いてください。
