第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,379 / 5,444
この時期、カルカッタやラクナウなど、インド各地で飢饉が起きているとの記事が新聞に数多く載った。バーバーが先ほどの断食を解いた日、すなわち9月26日に、彼はチャンジに、カルカッタへ一か月行ってそこの人々に食事を与え、自ら配膳し衣服も配りたいと密かに語っていた。
1943年10月1日金曜日、バーバーはさらに詳しく説明した:
私のこの仕事は、他の人々が行うものとはまったく異なるものです。霊的な理由から、私は自分自身の手で食事をお配りしたいのです。無料で食事を配る仕事に携わっている団体は何百もありますが、私はそうした団体を通じて働きたくはないのです。私が人々に食事を与えることの意味は、それらとはまったく違うものです。それは飢えた人々の腹を満たすためではなく、人類を霊的に養うためのものなのです。
私の仕事は、純粋に外面的な[物質的な]救済や援助のためだけにあるのではなく、いつものことながら霊的な意味を持っています。大衆を養うための救援活動は、苦難があるところであればどこでも、規模の大小は別として、行われています。しかしこの特別な事例では、それが大規模であり、人々が街頭で何十人と亡くなっているため、特殊な状況が生じています。切実かつ実際に困窮している方々に対し、私自身の手で食物と衣服をお届けする私の仕事は、関わるすべての方々にとって二重の意味と益を持つことになるでしょう。
現在の世界の危機と苦しみは、たとえどれほど魅力的で大切なものであっても、世俗的なものへの、つまりマーヤーへの嫌悪を人類のうちに生み出すためのものであり、現に生み出しつつあります。親が我が子を手放し、夫が妻を捨てるなどの出来事は、いずれもマーヤーから離れた感覚の表れです。このような状況下で私が働くことは、私と直接コンタクトする方々個人にとってのみならず、その方々を通じて同じ階層の他の方々や、人類全体にとっても、極めて重要かつ有益なのです。
そうでなければ、貧しい方々に食事を与えるために1万ルピーを費やしたとしても、何の役に立ちますか?私たちにはその費用を出すことは到底容易ではありませんが、何千人もの方が苦境にあり、何十万ルピーもが費やされている状況では、物質的にはほとんど効果はないでしょう。しかし、私のマンダリが選び連れてきた本当に貧しく困窮した方々に対して、絶望的な状況の中で私自身の手で施されるならば、それは大きな意味と広範な影響を持つことになるのです。
バーバーはさらにこう告げた。「この仕事は後に、私が口を開いた後で実を結ぶでしょう。」
