第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,378 / 5,444
最も重要な人物は、クッデ・シャーのイスラム教の廟に住む高位のマスト、シェイク・マラン・ババであった。シェイク・マランはかつて下級裁判所の判事を務めたことのある、温和な気質のジャマリのマストだった。彼はチェーンスモーカーであり、絶え間なく煙草を吸う様子と穏やかな気性のため、バーバーはこの聖者のような人をアフマドナガルのアリ・シャーに準えた。
グジュランワーラから、バーバー、チャンジ、バイドゥル、カカはアムリトサルへ移動し、そこでバーバーは一度コンタクトを行った。一行は駅のプラットフォームで一夜を過ごし、16日の午前5時30分にラホール行きの列車に乗って戻り、バーバーはそこでマスト作業を続けた。
バーバーは1943年9月19日日曜日に、主にレモン水などの液体だけを摂る断食を始め、七日間続けて26日に断食を解いた。この断食の最中の21日、八人のマストがバーバーのバンガローに連れて来られ、そこでバーバーが彼らを入浴させ、食事を与え、服を着せた。一人の良いマストを除いて全員がその日のうちに送り返された。バーバーはその一人のマストを二、三日のあいだ自分の傍に置いておいた。
『Age』が我々に思い起こさせるように:「バーバーがアバターであったからといって、その頻繁な断食が彼に何の影響も及ぼさなかったと考えてはならない。水だけで六日間断食することは、普通の人にとってと同様に彼にも同じだけの影響を及ぼした。断食の最中であっても、バーバーは自身のペースを緩めず、マストとコンタクトするための日頃の旅も止めようとしなかった。バーバーの体力は実に驚くべきものだった。多少なりとも断食をしたことのある者なら、食を断ちながらこれほど活力に満ちて過ごすことがどれほど難しいかを証言できるだろう。」
9月28日、バーバーはバイドゥルとチャンジを伴い、敬慕されているマスト、サイイド・アフマド・シャーと再びコンタクトを取るため、クル・モカル村に戻った。コンタクトを終えた後、バーバーのことを知らない、もてなし好きなシーク教徒のザミンダル(地主)が、バーバーとマンダリのために豪勢な食事を駅のプラットフォームに運んできた。
30日の朝、バーバーはラホール郊外のバグバンプラと呼ばれる地区でナワブ・アリ・シャーとコンタクトを取った。バイドゥルは数日前にこのマストを見つけており、その時マストは彼に言った。「私はアリーガルに行きたいのだが、その道は私には閉ざされている……ラホールには世界的に有名な医者がおられる。私はその方の許可を求めよう。もしその方が許してくださるなら、私は行く。」バイドゥルはその医者の名を尋ねた。マストは答えた。「マウニ[沈黙する御方]だ。そしてお前はその方のところから来た。だから私はとても、とても嬉しいのだ。」
