12日、ババ、カカ、バイドゥルは20マイル以上を歩いた。日中の暑さの中、焼けるような岩の険しい山を登り降りし、何マイルも周囲に日陰を提供する木が一本もなかった。彼らは深い谷を見下ろす山の端にある危険でごつごつした急な道を越え、強い川の流れを渡った。彼らにはトウガラシ、タマネギ、固くなった古いパン以外に食べ物がなかった。最初の段階で乗るために与えられたポニーたちは、狭い峠を通るこのような荒れた道に慣れていなかった。ババの太ももが痛くなり傷がついたので、彼らはともかくポニーに乗ることをやめた。それは普通に歩くことさえもっと困難にした。
ジャスギラン村に到着し、ババは非常に高位のマストにコンタクトしようとした。このマストは後にババによって第6段階と第7段階の間にいると明かされた。この偉大なマストもナンガ・ババという名前だった。25年間、彼は完全に裸で丘の頂上にしゃがみ姿勢で座っていた — 事実上生きた神聖な偶像または神 — 太陽、雨、雪の中、自然のあらゆる要素にさらされていた。ババ、バイドゥル、カカが彼が食べるのを見なければ、この聖者の奇妙な食事は信じられなかったであろう。彼は水に浸した木と粉末にした石から作ったペーストと共に乾いたパンを食べた。それは世話人によってケーキ状に成形された。
ある時、聖者はババを指さして小さな群衆に言った。「彼は私の兄だ...彼は全世界を調整し守っている!」ババは聖者の近くに3時間座ったが、彼と二人きりでコンタクトする機会を得られなかった。ナンガ・ババは昼間は信者に囲まれ、夜は付き人が彼のそばで寝ていたからだ。ババはこのようなコンタクトの仕方に満足していないこと、聖者と二人きりになりたいことを表明した。がっかりして、ババは男たちを率いてハリプールに戻り、そこからラワルピンディに戻り、13日に到着してパンジャブ・ホテルに滞在した。
翌夜、チャンジーがラワルピンディで彼らと合流した。しかしその夜、ホテル近くのスピーカーがババの睡眠を妨げ、ババは30分以上も繰り返しそれについて不満を言った。とにかく、彼らは9月15日の午前3時までに起きなければならず、列車でグジュランワラに向かった。そこでババは3人のマストにコンタクトした。マスタン・レフマトゥッラーは住処がガレージという汚いマストであり、ナンガ・シャー(裸の王)は駅の近くの小屋に住む良いマストだった。
