第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,376 / 5,444
ハルタル・ナムダルは特異な存在で、サリク的でありマジュブ的でもあった。1当時105歳を超えていたとされる非常に高位のマストで、たいてい裸のまま木の下に超然と座っているのが見られた。
ラーミン・サヘブは、バーバーが以前にもコンタクトしたことのある、年配の有名なマストで、トゥラムル村の路地や草原をさまよい歩いていた。
チョウダリ・ラートは、最も暑い時期でも何枚もの衣服を重ね着する、高位のジャラリのマストだった。短気な気性のためコンタクトするのが難しく、バイドゥルは彼に背中を打たれることさえあった。また、敢えて近づこうとする女性は誰であれ打つと言われていた。扱いの難しい激しいマストだったが、バーバーによれば良いマストだった。
その間、マニはマラリアにかかった。ある日は高熱を出し、ある日はまったく熱がなかった。熱のある日は彼女はスープしか口にせず、そうでない日は食欲は普通だった。東洋の女性たちは隔離されていて男性を見ることさえできず、ましてや直接話すなどもってのほかだったため、ラノがホテルの主人に何を用意するか伝えていた。ホテルのスタッフは絶えず変わる食事に戸惑い、「ある日はスープだけ……翌日は豪華な宴会?!」と思っていた。
一週間後の9月9日、バーバーは女性たち、バイドゥル、チャンジを伴ってスリナガルを発ち、午後7時にラワルピンディに到着した。お茶を飲んだ後、彼らは夜行のペシャワール急行列車に乗ってラホールへ戻り、翌朝午前5時30分に到着した。
翌日の1943年9月11日土曜日の夕方、バーバー、バイドゥル、チャンジはラホールを発ち、ラワルピンディに到着した。バーバーとバイドゥルは、これから始まるジャスギランへの徒歩の旅のために、良質の登山靴を買いに出かけた。チャンジは荷物の番をするため駅に残った。カカもまた一人のマストを連れてスリナガルからラワルピンディに来ていて、そのマストはチャンジが見守ることになっていた。2それからバーバーは、バイドゥル、カカと共に、タクシラ経由でハリプルへ向かう深夜の各駅停車列車(二時間遅れだった)に乗って出発した。
バーバーは、ハリプルから約20マイル離れ、海抜2,500フィートに位置するジャスギランという小さな村にいる偉大なマストとコンタクトしたいと望んでいた。そこに辿り着く唯一の方法は、ラバやポニーに乗るか、石だらけの山道を歩くかしかなかった。この旅は、メヘル・バーバーが行った全てのマストの旅の中でも、最も危険で最も記憶に残るものの一つだった。
脚注
- 1.ハルタル・ナムダルはマハント(ヒンドゥー教の宗派の長)として知られ、多くの弟子たちが暮らすアーシュラムの長でもあった。
- 2.チャンジの日記からは、彼がラワルピンディに戻る前にそのマストをラホールに連れて行ったのか、それとも別の場所に連れて行ったのかは明らかではない。
