第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,345 / 5,444
デーシュムクが声に出して読み上げ、その合間にバーバーが折に触れて要点を明確にしていった。
ある所でバーバーは彼を止め、文字盤で綴った。「我々が『時代』と言うのは誤りです。無限の中に時代はありません。『時代』のようなものは絶対に存在しません。しかし二元性の中では、時間が存在すると言わざるを得ないのです。」
デーシュムクが読み終えると、バーバーは説明を始めて言った。「今日は、ただ神のみが存在するということから始めましょう。もし神を超えた何かがあるならば、それもまた神であり、ですからあなた方一人ひとりは神の中にあるのです。」
デーシュムクが図表の序文を読み上げると、バーバーは言った。「私はすでにこのすべてを以前に説明いたしましたが、今日はそれにさらなる光を当てて、明らかにしてまいります。」
バーバーは黒板にこの図を描いた。
私が[1915年に]ナルゴルで25日間教師をしていた時、私はこの図を描いたことがあります。私はそれをよく覚えています。
図表の説明を聞く前に、しばしの間この一点に注意を集中なさってください。これら[心と身体の]覆いのために、しずくは大洋を見ることがありません。
では、何が起こりますか?身体は離れ落ちますが、心は残ります。そして身体が離れ落ちると、その印象はただちに顕在化し、自らを広げ、新たな身体を取ろうとします。それらは身体を通しての表現を求めるので、これらの印象から成るもう一つの身体が存在するようになります。
このように、あらゆる形体が離れ落ちるたびに、サンスカーラはまた別の身体を取ろうとします。もしこれらのサンスカーラが歪んでいる ― つまり邪悪である ― ならば、身体もまた歪んでいます ― たとえば病んでいるのです。サンスカーラが悪ければ身体は苦痛を被り、良ければ心は幸せです。
心がある限り、印象もまた存在し、それらとともに身体もまた存在します。サンスカーラが尽きるまで、魂は神を見ることはありません。ですから身体が離れ落ちることは何の役にも立ちませんが、心が消え去れば、サンスカーラはもう残りません。それらは消え去ります。しかし逆説は、身体が離れ落ち、サンスカーラが(自らを使い果たすために)別の身体を求めることが、魂が次第に自己意識を獲得して、しずくが大洋 ― 大霊(オーヴァーソウル) ― を見るのを助ける、ということなのです。
それでは、何が必要なのでしょうか?心が消え去らねばなりません。そうしてこそ、自動的に集まったこれらの印象も消え去ることができるのです。そうして身体 ― しずく-魂 ― が大洋を見るのです。これこそが神の本来の状態でした。しかしその時、アートマ[魂]は目を閉じて眠っていました。
