第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,339 / 5,444
適切な状況下で、7月25日から31日まで7日間、水だけで断食できる25人の男たちを必要としています。適切な状況というのは、その人がいかなる責任からも自由でなければならない、という意味です。そうでなければ、ガニー博士は妻を泣かせることになると言うでしょうし、それでは私の仕事の妨げになります。
要するに、自由に、邪魔されることなく断食できる者を求めているのです。断食するか、沈黙を守るか、そのいずれかにしてください。たとえ皆さんが40年間断食したとしても、決して神を実現することはできません。そうでなければ、世界中のうつけ者がみな神を実現してしまっているではありませんか!アディ・シニアは28日間、水だけで過ごしたことがあります。カラチのピラマイは31日間水だけで生活し、その間ずっと家事を活発にこなしていました。私がここから命令を送って初めて、彼女は食事を取り始めたのです。キティとアーネスト[彼女の兄]はロンドンで40日間水だけで生活しましたし、他の者たちも同様です。
しかしこれらの断食や沈黙はすべて、神とも、あるいは道とすら何の関係もありません。その理由は、明日皆さんがお知りになるとおり、善も悪もともに束縛となるからです。食べないこともまた、食べることと同じく束縛となります。要するに、断食することも断食しないことも、ともに束縛なのです。神はその両方を超えています。あの方は希望すらも超えていらっしゃいます。
なぜ皆さんは断食をなさるのですか?もちろん何らかの希望をもって——それが物質的であれ霊的であれ——です。実のところ、断食という考えそのもの、あるいは断食を始めること自体が束縛なのです。人が断食するのは、病気であるか、食欲がないか、そのいずれかの理由からです。動機なしに断食する用意のある人など、誰一人いません。たとえ死ぬまで断食しようと考えるとしても、その断食しようとする思いそのものが束縛となります。「私は神に会うために死ぬまで断食いたします!」その思いは常にそこにあるのです。しかしそのような脅し[決意]によって神に会うことのできる魂はごく稀です。英雄的ではありますが、極めて稀なことです。
私は主として8月の私の仕事のために、7日間断食できる男25人を求めているのです。
50人が手を挙げたので25人を選ぶのは困難だったが、バーバーは上機嫌でうまく処理した。断食の話が出るたびにいつも不平を漏らすガニーが、最後に手を挙げた者となったことは、皆にとって驚きだった。
バーバーは彼を褒め、微笑みながら言った——「あなたは私の幼なじみとなる資格がおありです」。
それからバーバーは彼を抱擁し、断食しない者たちと共に座るよう指示した。ガニーは受け入れられたが、「断食者」たちの中に入ることはなかった。
