第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,326 / 5,444
寺院の理事たちは彼を盛大に迎えた。
バーバーはそこのヒンドゥー教の祭司に文字盤でこう伝えた。「シヴァ神ご自身があなたのシヴァ寺院に祈りに来られました。」
バーバーがショラプルに滞在していたある時、彼は次のように述べた。
私は今、さまざまな仕方で用いられる石のようなものです。私をあなた方の家の壁の煉瓦として用いてもよいし、便所(W.C.)の一部として用い汚物で汚してもよい――あるいは台座の上に花を捧げて聖なる像として祀ってもよいのです。
今より後は、もう隠遁はありません。私はすべての人と公の場で会う用意ができており、行列の中を歩き回ることさえいといません。
あなた方と私は皆等しいのです。私があなた方に[新たに]差し上げるものは何もありません。それはすべてあなた方とともにあり、あなた方の中にあるのです。唯一の違いは、私にはそれが見えますが、あなた方には見えないということです。私がしなければならないことは、あなた方の目を開かせることです。そうすれば、あなた方はご自身でそれを見ることになるでしょう。
寺院でのダルシャンの後、バーバーはルストム・ナガルワラのバンガローへ向かい、そこにはショラプルのゾロアスター教徒のほとんどが敬意を表すために集まっていた。それから彼は八時にガデカルの家へ戻り、ショラプルのメヘル・スピリチュアル・センターから選ばれた働き手たちと一時間にわたり会った。バーバーは彼らにいくつかの霊的真理を説き、こう語った。
何ごともあなた方を動揺させなくなった時、あなた方は道の入り口にいるのです。あなた方が何ものも望まなくなった時、あなた方は道の半ばにいるのです。「無」がすべてとなる時、あなた方は完全なのです!
マルワリ[商人]や無神論者でも神を実現することはできますが、偽善者にはできません。
普通の人間においては、執着・必要・渇望などを通じて、身体が心を支配しています。第五および第六の境地にある進んだ魂たちにおいては、心が身体を支配します。マジュブには心がないので、神が彼らの身体を支配しているのです。しかしサッドグルにおいては、その心が普遍の心であるがゆえに、神が心と身体の両方を支配しているのです。彼らの普遍の心は、おのずから神の心の表れとなります。
午後九時から十一時までバジャンのプログラムが行われ、その後バーバーは床に就いた。翌朝十一日、バーバーとマンダリは車とバスで四十四マイルの道のりをかけてバルシへ向かい、そこではパンドバとババダスがプログラムのための見事な準備を整えていた。十時にバーバーは屋根のない四輪の馬車に乗せられ、楽士の一団に伴われて四時間にわたり町を巡り練り歩いた。
