第16章: 戦時中のマストへの旅
1941年· ババ 47歳ページ 2,247 / 5,444
バーバーは四日後の23日にメヘラバードへ戻った。バーバーはこの旅に出発する際、誰にも姿を見られず、見分けられないようにして発ち、隠遁中に妨げられないようにした。
バーバーがマスト訪問の旅から戻ったその日、エリザベスの犬キッピーの遺灰がアメリカから届いた。遺灰はウォリアーの墓の隣に埋葬され、その上に墓石が建てられた。
その翌日、1941年12月24日水曜日、ウパスニ・マハラジが肉体を去ったという電報がアフマドナガルに届いた。サロシュは直ちにメヘラバードへ来て、午後二時に到着し、マンダリにそれを伝えた。ヴィシュヌとサロシュはバーバーに知らせるため丘の上へ向かった。
二人を見ると、バーバーは門から出て来て、彼らが知らせを告げる前に静かに尋ねた、「あれが起こりましたか?」
これに二人は驚いた。それはまるで彼があらかじめその知らせを待っていたかのようであった。
するとサロシュが言った、「ウパスニ・マハラジが肉体を離れられました。」
表情に悲しみや驚きの色をいささかも見せず、バーバーは答えた、「私が申していたのは、まさにそのことです。」
バーバーはペンドゥ、ヴィシュヌ、カレママ、チャガン、サロシュ、チャンジ(その朝ボンベイからゴヘルとともに到着していた)、グルマイにサコリへ行き葬儀に参列するよう指示し、彼らは25日にそれを行った。マハラジはサコリに埋葬され、彼らは儀式が終わるとまもなく戻り、その夜十時にメヘラバードへ帰着した。デーシュムク博士は25日に到着したが、サコリへ行くには遅すぎたため、メヘラバードでバーバーのそばにとどまった。
26日、バーバーはマンダリを丘の上のマスト・アシュラムへ呼び寄せ、先頃の出来事について話し合った。バーバーはグルマイに、1941年12月の特定の期間、さらに1942年1月と2月にもサコリに滞在するよう指示しており、この三か月のいずれかの時にマハラジが「逝去する」と告げていた。その期間のうち最初のものは12月19日から24日であり、それに従ってグルマイは19日にサコリへ滞在しに行った。しかし12月22日、彼女はアフマドナガルへ戻った。マハラジが、自身はサタナ(彼の出生地)へ発ち、月末までそこに滞在する予定だと彼女に告げたためである。ところがマハラジは翌日に戻り、胸の痛みを訴え、その次の日に息を引き取った。
グルマイはバーバーが望んでいたとおりにマハラジの逝去の折にサコリにいられなかったことをひどく悔やんだが、バーバーは彼女を慰めて言った、「心配なさらないでください。そのように起こらなければならなかったのです。」
