第16章: 戦時中のマストへの旅
1941年· ババ 47歳ページ 2,248 / 5,444
バーバーはそれから語った:
私の沈黙が破られることもまた、ウパスニ・マハラジの逝去のように突然で予期せぬものとなるでしょう。しかし違いは全般的な「感覚」にあり、私が口を開くとき、それは非常に強烈なものとなります。すべての者がそれを感じることになります。
それは地震のように世界を揺るがすことになります。人々は世界の各地で、異なる程度にその衝撃を感じることになります。ですから、彼らはそれを異なるかたちで体験することになります。
私はマハラジの逝去のこの知らせに無頓着でいるばかりか、むしろ喜びさえ感じております。彼の働きが終わり、ダヒガオンで私との待ち望まれた会見が成し遂げられた今、彼は肉体を保持する重荷から解放されたと、私には分かっているからです。
ウパスニ・マハラジを追悼して、バーバーは男女のマンダリと各地の彼を愛する者たちに、1942年1月13日には茶を二度飲むだけの完全な断食を行い、14日には公の祝宴を催すよう指示した。彼はまた、1月12日に点火される予定のドゥニ [聖火] を、マハラジを偲び48時間燃やし続けるよう命じた。
ミヌー・バルチャという名のパーシーが、1930年代のバーバーのナシク滞在中にバーバーと縁を結んでいた。その後、ミヌーはサコリへ赴き、そこでウパスニ・マハラジのダルシャンを得た。彼はマハラジに深く帰依し、マハラジはナシクに来た折に時折彼の家を訪れた。ラムジューとミヌーは葬儀のために一緒にサコリへ行った。数日後、ミヌーとその妻アイマイ(かつてサコリでカニヤであった)は、メヘラバードでバーバーに会うよう招かれた。
上メヘラバードの門の外に座り、バーバーはミヌーを安心させてこう告げた、「マハラジと私のあいだには、わずかの違いもありません。」
これに慰められて、ミヌーは尋ねた、「[五人の完全なる導師の一人として] どなたがマハラジの跡を継がれるのでしょうか?」
「チベットの近くに住む方です」とバーバーは答えた。
マネク・ダラシャ・メーターは、ボンベイにおいてジャプ・マンダル(集団)として知られる霊的探求者集団の指導者であった。その集団は、五人の完全なる導師すべての本拠地への巡礼を計画していた。カカ・バリアは1941年12月28日日曜日、メーターを含むその集団の四人をメヘラバードへ連れてきた。彼らがそれまで会ったことのなかったバーバーと、その件について話し合うためであった。その案は妥当なものとは考えられなかった。バーバーも最初は集団全体がメヘラバードへ来ることを許そうとしなかったが、のちに態度を和らげ、ボンベイから直接メヘラバードへ来て、直接そこに帰ることに同意するなら、来て遠くからダルシャンを受けてもよいと述べた。
