第15章: 隠遁
1941年· ババ 47歳ページ 2,232 / 5,444
車から降りたマハラジは、バーバーがすでに一人で座っていた小屋に向かって大股で歩いて行った。バーバーの命令に従って、他の者たちは敷地の外にとどまり、小屋の方を見ることさえ許されなかった。彼らはバーバーが手を叩いた時にのみ、その敷地の中へ入ることになっていた。
三十分後、マンダリは手を叩く音を聞いた。午後6時であった。彼らはマハラジが、続いてバーバーが小屋から出てくるのを見た。バーバーの顔は紅潮していた。グルマイは急いで前に進み出て二人ともに花輪を掛け、マンダリは礼拝を捧げた。イェシュワント・ラオがバーバーのダルシャンを受けようと前に進み出たが、マハラジはそれを止めて、「メヘル・バーバー・チャ・ホクム・ナヒ![メヘル・バーバーの命令は、ダルシャンを受けてはならぬというものだ!]」と言った。バーバーはこれを聞いて笑った。
パドリは薄れゆく夕方の光の中で写真を撮ろうと忙しくしていた。しかし二人の師はどちらもじっと立っていてはくれなかった。マハラジはパドリの手にあるカメラを見て、「あの箱は何だ」と尋ねた。1パドリはマハラジが苛立ってカメラに殴りかかるのではないかと恐れたが、そのようなことは起こらず、パドリは撮影を続け――その重大な会見を永遠に残した。
最後の挨拶を交わした後、サロシュはマハラジをサコリへ送り届け、グルマイ、パドリ、カカが同行した。出発する前にマハラジは「この会見の場所は理想的だった――人里離れていて、しかも非常に近い」と述べた。マハラジはいつパンチガニへ戻るのかと尋ね、サロシュはすぐに帰途につくつもりだと伝えた。マハラジは気をつけて運転するようにと言った。グルマイはサコリにとどまった。
一方、サヴァクはバーバーと二人きりで残された(彼の言によれば、夜警の時を除いて生涯で最初で最後のことであった)。バーバーは彼に歌うようにと言い、サヴァクはヒンディー語、グジャラート語、英語の「ラブソング」でバーバーを楽しませた。サロシュが戻ってくると、バーバーと一行はメヘラバードへ向けて出発した。彼らはサロシュの妻ヴィルーが用意した夕食を受け取るためクシュル・クォーターズに立ち寄り、それからアフマドナガル駅へ行ってそこで食事をとった。パドリはメヘラバードまで車で送られ、そこで降りた。バーバーはラノを伴ってパンチガニへ戻り、午前1時20分に到着した。
帰途、バーバーは上機嫌で、男性たちにこの会見について次のように語った。
私は彼のダルシャンをいたしました。(アバターであろうとなかろうと、彼は私の師でありました!)彼は両手で私を抱き起こし、真心を込めて私を抱きしめ、子どものように泣きました。私たちは腰を下ろし、彼は戦争のこと、私が話すこと、苦しみ等々について三十分ほど話しました。
それから私は『もう行かねばなりません』と身振りで示しましたが、彼は『五分待ちなさい。
脚注
- 1.1936年、バーバーはパドリのために独逸製のロライフレックスカメラを購入した。バーバーの手振りや、マストたちおよび貧しい人々との作業を捉えた写真の多くはパドリによるものである。パドリは、メヘル・バーバーが沈黙していても「語って」おり、「活動的」で動的であり、瞑想姿勢のままじっと座る無言のマウニやヨーギではないことを世に伝えたかったのである。
