第2章: メルワンの誕生
1919年· ババ 25歳ページ 221 / 5,444
百十一人のヒンドゥー僧が、大ヤグナを執り行うために集まった。食事はバラモンたちが特別に準備したが、メルワンとサダシヴはウパスニの指示で食事の手配全般を監督した。二人は毎日市場へ出かけ、その膨大な食事に必要なものをすべて買い求めた。火の儀式が行われる大きなパンダル[天幕]の中央には、サイ・ババの大きな肖像画が掛けられ、花輪で飾られていた。サダシヴは、サイ・ババの肖像が中央に置かれたこの光景を見て、マハラジがなぜサイ・ババが主宰すると告げたのかを悟った。
荘厳な儀式の火は十一日間絶えず燃え続け、十二日目にバラモンたちのための饗宴が催された。その時までに、実に一万二千人ものバラモンが集まっていた。全員分の食事は正午前に用意されていたが、バラモンたちが大きなパンダルの下で食事のために座り、サイ・ババの肖像画を見ると、一部の者が騒ぎ立てて叫んだ。「われわれはムスリムの饗宴に加わることはできない! サイ・ババはムスリムだった!」
自身もバラモンの家系であったウパスニ・マハラジは、彼らをなだめて言った。「宗教上の偏見や見解は忘れ、食事を取りなさい……サイ・ババは宗教の区別を超えた方だった。彼はムスリムのためだけでなく、あなた方バラモンのための方でもあった。」しかしバラモンたちは耳を貸さず、マハ・ヤグナを執り行ったバラモン僧たちまでも抗議に加わった。するとマハラジは僧たちに言った。「あなた方一人ひとりに、五ルピーではなく十五ルピーのダクシナ[謝礼]を与えると約束しよう。さあ、食べて饗宴を楽しみなさい。」
それでも彼らは拒み、ムハンマド教徒の導師の肖像画に激しく異議を唱え続けて叫んだ。「あの絵を下ろせ。なぜこのヤグナを彼に捧げるのだ? なぜわれわれの寺院でサイ・ババが敬われるのだ? あの絵が取り除かれるなら饗宴に加わろう。そうでなければ、われわれは食べない。」
この大混乱は二時間続いた。ウパスニはバラモンたちを説得して饗宴に加わらせることができず、サイ・ババの肖像画を下ろすことも拒んだ。結局、ウパスニは信者たちに、ガンジス川の岸へ行き、空の食用油缶を叩いて貧しい人々をそこへ集めるよう指示した。メルワン・セスとサダシヴは、ウパスニの数百人の信者たちとともに、押し寄せた大群衆に食事を配った。驚くべきことに、ほぼ一万五千人の貧しい人々に食事を振る舞ったにもかかわらず、かなりの量の食物が残った。
