第15章: 隠遁
1940年· ババ 46歳ページ 2,149 / 5,444
愛とは何でしょうか。[たとえ]愛していたとしても、その愛を定義することは非常に難しいのです。ましてや、無限の愛を定義することがいかに不可能か、想像してみてください!ヴェーダーンタは、太陽や燃えさかる惑星は神であるあの光の第七の影に過ぎないと述べています。影そのものは何ものでもありません。ですから、その影の第七の影は、何ものでさえないということになります。
神の声とは、我々が話すときに使うようなものではありません。神をこの声として想像してください ── 彼らはそれを説明しようと試みるためだけに「声」と呼んでいるのです。ヴェーダーンタの徒もそれを説明することはできません。スーフィーは異なる仕方で説明します ── 影としてではなく、「ヴェール」として。彼らはこのように描写します。あなたが神であるとしましょう。あなたは鏡をのぞきます。鏡の中であなたが最初に目にするものは、第六の境地にあります(第一の映像)。次に、鏡の中でヴェールの後ろにある映像が見えますが、それは第五の境地にあります(第二の映像)。最初のヴェールの後ろにある、さらに別のヴェールの後ろの映像は、第四の境地にあります(第三の映像)。そしてこのように、ヴェールに次ぐヴェールが第七まで続きます。これらが「七つのヴェール」です。
話を続けながら、バーバーはアルファベット盤で文字を綴り、それをマニが読み上げた。
もう一つ別の例を挙げましょう。意識を神であるとしてみてください。エリザベス、あなたはキッピーを膝に抱いていることを意識しています。次に、あなたは膝に虎がいると想像します。この想像が、この意識の第一の影です。それから、この影の影、すなわち第六の境地が来て、そのように続いていきます。
また別の例を挙げます。インドでは、鐘を機械ではなく手作業でつくります。まず土で鐘を象り、その上に溶かした金属を流し込んで、金属の鐘をつくります。工程が終わった後、土の鐘を取り除きます。さて、この土の鐘は、本物の鐘の第一の影です。本物の鐘の正確な複製ではあるものの、それは土に過ぎず、鳴ることはできません。したがって、鐘とその第一の影(土の鐘)との差がこれほど大きいのであれば、第七の影はどのようなものでしょうか。ただの無、何ものでもありません!
第一の影には金属がなく、土しかないのであれば、第七の影には何が見出されるでしょうか。これを世の誰よりも明確に説明するこの私でさえ、言葉では十分に明確に説明することはできないのです!
かつて、頭痛になったことのない一人の男がハキム[ユナニ医]のもとを訪れ、「頭痛とは何ですか」と尋ねたことがあります。1
脚注
- 1.ユナニとは、ムスリムたちの伝統的な薬草医療体系である。
