第15章: 隠遁
1940年· ババ 46歳ページ 2,144 / 5,444
しかし事実は、人が苦しむときそれはその人自身の落ち度なのです。マンサリは興奮し、怒り苦しみ、その責任をすべてエリザベス、ノリナ、ラッキーに押しつけました。しかし彼女が低い自我を超えていたなら、それを落ち着いて受け止め、呑み込んで動じずにいたでしょう。あなた方が確固としていれば、何ものもあなた方を動揺させることはありません。努力すれば、必ずそれを得ることができます。
私は抑圧などは少しも望みませんが、変容は望みます。私はあなた方が怒ってはならないなどとは、一瞬たりとも申しません。混同しないでください。折に触れては、あなた方は怒らねばなりません。しかしながら、すぐにそれを頭から払い落とさねばなりません。空腹でないのなら、断食には何の意味もありません。
この話は以前にもあなた方にしたことがあります。預言者ムハンマドはかつて筆頭使徒のアリーにこう言いました。「私を知りたいのであれば、怒りを制してそれを愛に変えるよう、最善を尽くしなさい。」
そのまさに翌日、ある男がアリーに決闘を挑みました。アリーは彼と戦って勝ちました。彼はその男を組み伏せ、その胸の上にまたがりました。
その男はアリーの顔にまともに唾を吐きかけ[ムスリムにとって最大の侮辱]、アリーはあまりに怒って彼を殺そうと短剣を振り上げました。しかしそのときアリーはムハンマドが言ったことを思い出し、その代わりに彼に口づけして去らせました。さて、もし彼が怒っていなかったなら、自分を制する機会もなかったでしょう。
もっとも、これは怒ったときにあなた方が互いに口づけし合えという意味ではありません!
ノリナが弁明として何かを言うと、バーバーは「イタリア人は気性を抑えることができません」と答えた。続いてバーバーは他の国々や集団の特性に触れ、こう述べた。
イタリア人と同様、ベンガル人も自分の怒りを制することができません。彼らはインドの呪いです。皆、無政府主義者です。ドイツ人は残酷で野蛮ですが、イタリア人は自分の利益のために非常に卑しい役回りを演じています。パンジャブ人は非常に立派です。彼らはひどく怒ることはあっても、落ち着いていて自制があります。どちらの極端もよくありません — まったく興奮しない者も、すぐにかっとなる者も。しかし、興奮してもなお気性を抑える者こそ偉大です。そのため私はパンジャブ人を最も好みます。興奮してそれを表に出すというのは、この世で最もたやすいことです。しかし怒りを制することは、たいへんなことです。
ナディアの猫が鳥を食べても、ナディアは猫に腹を立てはしないでしょう。しかしエリザベスが猫が鳥を食べているのを目にすれば、彼女は猫を罰し、すると今度はナディアがエリザベスに腹を立てるでしょう。
