第15章: 隠遁
1940年· ババ 46歳ページ 2,107 / 5,444
こうしたやりとりの背後に明確な内的目的があったことは疑いない。だが、それは我々の限られた理解を超えている。内面的には、マハラジが肉体を捨てた後、バーバーがウパスニ・ナガルの責任を引き受けていた、と推し量ることができるかもしれない。
五月十八日、ウパスニ・マハラジの主立った弟子の一人イェシュワント・ラーオがバーバーに会うためサコリから到着した。同じ日、ダーケー、ガーデーカル、カーク・サヘブも、ルシ・ポップの息子アスピとともにバーバーに会いに来ていた。その日、シヴラーオ博士もメヘラバードに滞在するためバンガロールから来ていた。最初バーバーは彼に一年間滞在するよう告げ、望むものを得るためには家族や世間とのいっさいの絆を断ち、断食し隠遁の中にとどまらねばならないと知らせた。しかし数日後、バーバーは彼をカレママとともにバンガロールへ送り返した。
ウパスニ・マハラジの七十回目の誕生日は、十二年ぶりに一九四〇年メヘラバードでバーバーによって祝われた。マハラジの誕生日に先立つ一週間、アランガオン村の人々は村のヴィトバ寺院で昼夜を問わず神の名を唱え続けた。実際の誕生日である五月二十三日木曜日には、大いなる歓喜のうちに祝賀が執り行われた。バーバーはマンダリに近隣の村人たちのための祝宴を用意させた。
数日前の二十日、バーバーは謎めいた口ぶりでこう述べた。「私は五月二十七日に死にます。」
しかしバーバーはその日体調が良く、こう説明した。「今日、ベルギーのレオポルド国王がドイツ軍に降伏しました。彼は愚か者です!屈服することで自らのすべての名誉を失ったばかりか、その代償として自分のためにドイツから何一つ得ていません。
「これからの二か月は連合国にとって決定的な時となります。誰もが連合国は敗れるだろうと言うでしょう。八月には突如として形勢が逆転し、連合国が優勢に立ちます。しかし、それは紙一重となるでしょう。八月には、私はペルシア経由でロシアへ行くかもしれません。」
パドリは五月二十九日にメヘラバードへ到着し、六月八日にビヤラマンガラへ送り返された。ホミ・バテナは五月三十日にバーバーに会いに来て、その後ボンベイへ戻った。
三十一日にはエルチとその家族がバンガロールへ向けて発ち、すでに彼らのために借りられていた家で暮らした。1バンガロールでエルチは、チャンジが整理せずトランクに詰め込んでいた日記や書簡の一切を分類し並べる作業をアディ・シニアと共に手伝った。パパ・ジェサワラは、バーバーのためのアシュラムを設立するのに適した場所を探すためカルワルへ遣わされた。
脚注
- 1.他のマンダリ、およびメフルーとファルーは、当初バーバーからジェサワラ家を訪れることを禁じられていた。
