第14章: ブルーバスツアー
1940年· ババ 46歳ページ 2,080 / 5,444
サークルの成員にはこれらの説明は必要ありません。彼らは「神なる富」の継承者、相続人だからです。「富」そのものが手中にあるとき、それを得る手立てを説明する必要などありましょうか?
私のサークルの成員には特別な規則があります。私は彼らの重大な過ちさえも我慢し、容認し、許します。殺人の罰は死刑であるというのは、大衆に対する普遍の法則です。しかし私のサークルの成員には特別な規則があります。彼らは常に処刑から免れます。
霊的導師たちに関する話を続けながら、バーバーはこう述べた。
アバターやサッドグルについて誤解があってはなりません。彼らは火のようなものです。火に触れれば、火傷を負います。離れた所からそれを利用しようとすれば、火はあなたに温かさを与え、食事を煮炊きし、水を温め、あらゆる面で役立ちます。
繰り返しますが、アバターとサッドグルは火のようなものです。サークルの外にいる者は彼らを警戒すべきです。彼らの言葉や外見の振る舞いに惑わされてはなりません。サイ・ババはサッドグルでしたが、時にその振る舞いは奇妙でした。あるとき、裸の子供を見て彼は「これは男の子か女の子か?」と尋ねました。彼はまた自分のもとへ訪れる人々に金銭を求めることもありました。サッドグルの側のそのような振る舞いを見て、人々は彼らを疑い、誤解し、普通の存在だと見なします。それがそのように誤解する者たちの没落となります。
私が誰かに手綱を緩めて、彼の好きなようにすることを許す場合、それがいかに世俗的な観点から不適切で非現実的に見えても、私は目的をもってそうするのであり、その先見の明はマインドの及ぶところを超えています。私はその当人にそれをただの気晴らしとしてさせたいのかもしれませんし、あるいは特定の状況を避けさせたいのかもしれません。そうして手綱を緩めて彼の心を他の事に逸らすことで、私は彼に玩具を一つ与えているにすぎません。なぜなら最後には彼がそれに飽きて投げ捨てることを、私は知っているからです。
アバターやサッドグルが弟子に何かを断念させようとするとき、二つの方法のいずれかに頼ります。一つは、その物を彼から奪い取るか、盗ませる方法です。もう一つは、それに非常な重要性を与えて、当人自身が嫌気を起こして放棄するようにする方法です。
