ナラヤンは笑った。まるでその虎が彼の足元に頭を置きに来て、祝福を受けて去って行ったように思えたからである。
シヴァの寺院にしばらく滞在した後、ナラヤンは再び放浪の旅を続けた。この時期、彼はしばしば何も食べずに過ごし、それが二週間に及ぶこともあった。だが彼は歩き続けた。暑さの中でも、雨の中でも、寒さの中でも、自らの探求がどこへ導くのかも知らず、ただ胸の中で歌う歌に駆られて。その至福の状態の中で、彼はあらゆることを忘れつつあった。彼は歌の導くところへ進んだ。どれほど過酷な欠乏があっても、それは彼が内面で体験していることに比べれば何ものでもなかった。
不毛で砂漠のような地帯を何日も旅した後、ある時ナラヤンの喉はひどく渇き、今にも息絶えそうに感じた。水はどこにも見つからず、完全に疲れ果ててこれ以上歩けなくなった彼は、木の下に倒れて死を待った。すると突然、一人の騎馬の男が現れた。「近くに小川がある」と、その男は驚いた少年に告げた。「あちらだ。」彼はある方向を指さした。それからその騎馬の男は姿を消した。そしてナラヤンが示された方角へ歩いて行くと、驚いたことに小さな流れを見つけた。ナラヤンが最初にそのあたりを探した時には、その流れはそこになかった。この神聖な助けによって、ナラヤンは神のまなざしが真に自分の上に注がれていると確信した。
ナラヤンはクンドゴル村へ旅を続け、そこでは広大な領地を所有するジャーギールダール、ナルゴデという名の富豪の家に四か月滞在した。子のないその地主と妻は、輝く目と鋭い知性を備えた若いサードゥに深く心を引かれ、惜しみない愛情をもって彼の世話をした。数か月後、彼らは彼を養子にして後継ぎにしたいと申し出たが、ナラヤンは断り、まもなくクンドゴルを離れてベルガウムへ向かった。彼はもはや自らの探求を先延ばしにはできなかった。
1901年か1902年、ベルガウムからプーナへ向かう途中、ナラヤンはラヴィワール・ペート近くのハヌマーン寺院に滞在した。その時、彼は十五歳か十六歳であった。プーナで彼は、一人のマルワーリー商人から金を盗んだと非難され、深刻な災難に見舞われた。1ナラヤンはプーナから逃れ、コパルガオンへ向かった。そこで彼は、ヒンドゥーの神バヒロバに献じられた別の寺院に滞在した。2人々はしだいに彼に引き寄せられるようになり、彼はバジャンの歌唱を導いた。時は穏やかに過ぎ、彼の胸の中の歌のこだまは、彼と接する誰にでも影響を及ぼした。