第13章: ナシクとカンヌ
1938年· ババ 44歳ページ 1,907 / 5,444
バイドゥルはメヘラバードで狂者のアシュラムを担当していたため、マサジがパンチガニでモハメッド・マストの個人的な世話係に任命された。それはマサジの忍耐を試す務めだった。高齢で、もともと気難しい性格でもあったマサジの気分を抑えるのは難しかった。さらに悪いことに、バーバーは機嫌がよいと、自分の目的のためにマサジをからかってモハメッドの機嫌を取ることがあった。ある時、マサジはあまりに苛立ち、バーバーに従わず、後悔すべき言葉を口にして、去って行くつもりになった。バーバーはこのような場合のいつものように、無関心な態度を示した。
「あなたが行ったとして、誰が気にしますか」と、彼は身振りで示した。「誰があなたを必要としますか。あなたが去れば、あなたの父親百人分の者たち[あなたより優れた者たち]が、あなたの代わりに仕えるため、平伏してやって来るでしょう!」
しかしその後、バーバーは愛情深くマサジを赦し、彼に言うのだった。「誰かがあなたをなじり、それであなたがすねるなら、それは理解できます。しかしこの者[モハメッド]は子どものようなものです。なぜ彼の言葉に注意を払い、真に受けるのですか。そうした言葉は無視すべきです。そのような務め[彼の世話をすること]を担う機会に値するには、大きな幸運が必要です。しかし残念なことに、あなたは私が与えているものを消化できていません。」
するとマサジは泣き、バーバーの足に頭を置くのだった。
時には機嫌が悪いと、マサジはわざとモハメッドを脅し、そのマストに自分を恐れさせることがあった。バーバーはこれを好まず、また容認もしなかった。バーバーのモハメッドとの仕事は、非常に特別で、私たちの理解を超えたものだった。彼はいつもモハメッドの機嫌を取り、そのマストの頑固さの一部を、想像もできない忍耐で受け止めていた。彼はマンダリにも同じようにそのマストに接することを望んでいたが、それはマサジにはきわめて難しいことだった。
ついに1938年4月1日、バーバーはヴィシュヌに、バイドゥルへ手紙を書き、召使いタルヤを送ってマサジの代わりにモハメッドの世話をさせるよう指示した。
その前日の朝(3月31日)、パンチガニでバーバーは十時から十一時まで自室にこもった。その日の後刻、ノリナとエリザベスはバーバーに、もし彼がどこかに「普遍センター」を設立すれば、そのメッセージを世界中の他のセンターへ伝えられるのではないかと提案した。また、彼がもっと公に知られるようになれば、熱心な働き手たちは一般大衆の間で彼のメッセージを積極的に広める機会を得られる、ということだった。これに対して、バーバーはこう述べた。
それは確かに良い考えです。しかしそれに大きな意義を付けたり、あまりに重要視したりすると、それは正規の組織や制度へと発展してしまいます。私はそのようなもので自分を制限したり、縛ったりしたくありません。
