第13章: ナシクとカンヌ
1937年· ババ 43歳ページ 1,813 / 5,444
頂上で、バーバーは彼らに川の水源を見せた。それから彼は一行を木陰の一角へ案内し、お弁当を広げて食べるように言った。その後、バーバーは残った食べ物を包み直して移動の支度をするよう手で合図した。それから彼は一行を散歩に連れて行った。
一時間歩いたあと、一行は目に見えて疲れていた。そこでバーバーはデーリアにお茶を淹れるよう頼み、自分は腹が空いていると示した。
「皆さんも召し上がってはいかがですか?」と彼は尋ねた。
しかしデーリアは、夕食用に残るものがなくなってしまうと言って反対した。
「気にしないでください、いただきましょう」と言うと、彼は皆に座るよう手で合図した。
籠は再び開けられ、食べ物が配られ、お茶も振る舞われた。
まだ午前10時だというのに、一行はすでに昼食もお茶も夕食も済ませてしまった。
バーバーは文字盤で綴った。「ほかにすることもなく、食べ物も尽きたのですから、家へ帰りましょう。」
その頃にはすでに日は高く昇っていたが、それでも別の道を通って下り、2時にメヘル・リトリートへ戻った。
メモは3月28日日曜日にバーバーに会いに一人でメヘラバードへ来て、ファミリー・クォーターズでダウラトマイと一緒に滞在した。30日午前8時30分、ラフリでトラストの会議が開かれた。ラムジュー、サロシュ、アディ・シニア、パドリ、ペンドゥ、ヴィシュヌ、カーカー、ノリナ、エリザベスが出席した。チャンジもその日、ボンベイからラフリへやって来た。
占星術師デーン・ルディアーの妻マーリャ・ルディアーはインドを旅行中で、31日にナシクへやって来た。ルディアー夫妻は1931年にボストンで、そして1932年にハリウッドで再びバーバーに会っていた。
マーリャとの面会で、バーバーは彼女にこう告げた。「勇気と力はあらゆる困難を乗り越えます。しっかりと立ち、絶望なさらず、渇仰の念を持ち続けてください。それはあなたの内にあるのです。あなたは無限の宇宙そのものです。しかし、それをご自身で発見し、見出さなければなりません。私は常にあなたを助けるでしょう、いつまでも。
「渇仰と決意が深く強いところでは、場所や物理的な条件は問題になりません。たとえば、忍耐強くひたすら歩き続けるかどうかという問題ではありません。どう、そしてどこへ歩くか ― どの方向へ歩むか、それが大切なのです。何年も歩き続けることもできましょうが、それが誤った方向であれば、力と時間の浪費です。さらに遠ざかってしまえば、無論、時が来れば戻ってくることにはなりますが、それは実に長い道のりとなります。」
マーリャはナシク・アシュラムに滞在するよう招かれ、アメリカへ戻るまでの数週間そこで過ごした。
1937年4月1日木曜日、バーバーは西洋人たちに非常に興味深い談話を行い、何をするにつけても常に自分のことを思うべきだと説いた:
私はあなた方に何でも求めるかもしれません。あなた方の中の何人かには、ハンセン病の人々を看護し、洗い、世話をするよう指示するかもしれません。ある者には私を瞑想するよう、ある者にはサドゥーのように放浪するよう、あるいは喜びに踊り歌うよう、骸骨のようにやせ細るよう、または大きく太るよう命じるかもしれません。しかしそれが何であれ、皆が私のために働くべきなのです。この新しい働きは4月に始まります。
瞑想とはいつでも ― 常にバーバーを思い、何ものにも気を散らされないことを意味します。
大切なのは、あなた方がそれを私のために行うということです。さもなければ、私たちが頼ることのできる病院は何百万、看護師は何十億といるのですから。しかし私は、あなた方が私のために働き、私のために物乞いし、私のために書き、私を瞑想することを望むのです。このハンセン病の人々をバーバーだとお考えになれば、あなた方は愛をもって彼らを洗うことになるでしょう。バーバーはすべての中のすべてですから、私の髪を洗うときと同じ愛をもって、彼らを洗ってください。そうしてはじめて、あなた方は聖フランチェスコの境地を表すことになるのです。
マーガレット・クラスクのほうを向いて、バーバーは続けた:
あなたが私のために踊るなら、私を瞑想する者と同じだけの善いことをしておられるのです。ある人は働くことを好み、ある人は遊ぶことを好みます。しかし、あなた方がそれを私のために行うのであれば、それは同じことなのです。これがヴェーダーンタとキリスト教哲学の要点です。実にやさしく、しかも実にむずかしい!
