第2章: メルワンの誕生
1917年· ババ 23歳ページ 180 / 5,444
本を読むだけでは愛を体験することはできない。
愛は決して言葉で描写することはできない。
私は真の愛について読んだことがない。なぜなら、それは書くことができないからである。
あなたの胸の血で愛を描きなさい。そうすれば、それはあなたのものとなる!
おお神よ!あなたとの合一という贈り物を私にお与えください。
私はあなたとの別離の中で死にました。
しかしあなたの帳簿では、この苦悩を数える必要はありません、
あなたから離れて私が感じているそれらを。
私の胸から血が流れ出ている、
挽き肉のようになってしまった胸から!
しかし欠けているのは、あなたが振りかけてくださる、あの塩なのです、
胸の傷の上に。
なぜ神の恋人たちに、神について問う必要があるのでしょうか。
神に直接お尋ねすることを切望すべきです!
おお神よ!あなたは問いの中に見いだされ、
また答えの中にも見いだされます。
私は至るところで同じ神を見ました!
そのお方の住まいは、すべての胸の中にあります。
神は純粋さに満ちた家のぶどう酒売りであられ、
また破滅の家にも常においでです。
なぜ人は悲惨と残酷を体験して落ち着きを失うべきなのでしょうか、
そして世のさまざまな困難を?
おおフマよ、もし神があなたに慈悲を降り注がれるなら、
痛みの中にも喜びが感じられるであろう。
メルワンジはこのガザルを特別なものと考え、作った後、ナヴサリの著名なグジャラート語作家ソーマ(ソラブジ)・デサイに郵送した。メルワンジは次の書き添えを同封した。
ソーマ、昨日作った私のつたないガザルをお送りします。どうか受け取ってください。
神の恋人、フマ
このガザルは、後に見るように、ソーマ・デサイに深い影響を及ぼすことになった。
1917年、メルワンジはベーラムジに、二人で共同経営者となり、どこかの村にもう一つヤシ酒屋を開いてはどうかと提案した。そこでは商売をするだけでなく、公共的・社会的奉仕を行い、孤独の中で瞑想することもできるというのであった。1
ベーラムジは、たいてい何をするにもメルワンジの命令と導きに敬意をもって従っており、その意味で、メルワンジの親しい弟子、すなわちマンダリの最初の一人と見なすことができる。メルワンジの提案はベーラムジの心にかなったので、彼はまもなく酒類免許を申請した。しかし免許が下りると、メルワンジはその商売の取り決めを実行することを拒んだ。酒類免許が、彼が指示したようにベーラムジの名義ではなく、ベーラムジの兄の名義になっていたからである。これはベーラムジにとって厳しい教訓となり、それ以後、彼はメルワンジの言葉に常に文字どおり従うことを忘れなかった。
1917年4月、ウパスニ・マハラジの熱心な信者が、ボンベイのシオン地区で貧しい人々のために開く診療所の定礎式に、導師を招いた。
脚注
- 1.メルワンが「孤独の中で瞑想する」必要は、いかなる時にもなかった。彼は至高の実在を体験していたからである。しかし創造のために、そして特に真理を求める者たちと彼につながる者たちのために、彼はそうしなければならなかった。
