第13章: ナシクとカンヌ
1937年· ババ 43歳ページ 1,799 / 5,444
ある人々は「無情なほどに率直」というその資質を誇りとし、そのように開けっぴろげに話さない者を嫌います。
しかし、分別すべき時があります。当面のところ沈黙のほうが目的にかなう場面で、たとえ最善の意図をもって発した言葉であっても、事を完全に台無しにしてしまうことがあります。
敏感で気短な人は、聞き入れる気分にないときに発せられた言葉ならば、最善の意図でなされた言葉であっても誤解するでしょう。そうした人は激怒して、過度に興奮し、最良の友や善意ある者に対してまで偏見を抱くかもしれません。それによって彼は、もっと静かなときに語られていたなら自分のためになり、その意味を理解し、感謝さえしたであろう助言と知恵の言葉から得られる益を失ってしまうのです。ですから、どれほど率直に語られたものであれ、言葉や中身そのものではなく、適切な時とその伝え方が重要なのです。
沈黙は、外交辞令や偽善と誤解されることがあっても、「無情なほどに率直」であるという美化された資質の最たるものよりも、究極的には目的によりかなうものなのです。時には、人類が称賛する最高の資質も、適切なときに分別をもって用いられなければ、最悪の欠陥となってしまいます。
バーバーは1937年3月13日土曜日にナシクへ戻った。マルコムはナシクの宗教会議でカトリックの司祭と知り合い、その司祭にバーバーに会うよう勧めたが、司祭は断った。マルコムがバーバーに伝えると、バーバーもまた関心がない様子だった。それでも、マルコムの説得によって面会が取り計らわれた。
彼らが顔を合わせたとき、バーバーは司祭にこう述べた。「ムッラージ[ムスリムの聖職者]もみな立派であり、教皇も立派であり、アガ・カーンも立派であり、パンディット[ヒンドゥー教の学者]もみな立派です。しかし、何時間でもぶっ通しで語れるのは、シャンカラーチャーリヤ[ヒンドゥー教の最高司祭]だけですよ!」
司祭はバーバーの言葉を聞いて、会議で実際に起きたことを誇らしげに否定した。「会議の間中話していたのはシャンカラーチャーリヤではなく、この私でした。シャンカラーチャーリヤは少しも説得力ある反論ができませんでした。彼は私に対して一言も口にできず、私が彼を厳しく叱責したのです。」
「ええ」とバーバーは答えた。「これらのムッラージや、シャンカラーチャーリヤは、皆警告される必要があります。彼らは戒められるに値し、責任を問われる必要があります。」
「あなたは今しがた彼らは立派だと言われたのに、いまは戒められる必要があるとおっしゃるのですか?」と司祭は言った。「あなたのおっしゃる意味が分かりません。」
バーバーは説明して語った。「シャンカラーチャーリヤや高位の司祭たちは大きな頭を持っています — つまり知識人なのです — しかし彼らの胸は小さいのです。しかしあなたは、良き胸をお持ちです。」
