第13章: ナシクとカンヌ
1937年· ババ 43歳ページ 1,795 / 5,444
しかし私は決して沈黙してはいません。私は永遠に語っています。魂の奥深くで聞こえる声こそ、私の声です ── インスピレーションの声、直観の声、導きの声です。この声を受け取ることのできる者たちを通して、私は語ります。
私の外的な沈黙は霊的な修行ではありません。あるとき、ある献身者が完全なる導師に、なぜ断食をするのですかと尋ねました。完全なる御方はこう答えました。「私は求道者ではありません。私は完全です。ですから私は完全さを得るために断食しているのではありません。私が断食するのは、他の人々のためです。」
霊的な求道者は完全さに到達した御方のように行動することはできませんが、完全な御方は、他の人々のために、求道者のように行動することができます。文学修士の学位を得た者が、子供たちに教えるために黒板にアルファベットを書くことはありますが、それで彼がもはや文学修士ではないということにはなりません。
ですから、私の沈黙はもっぱら他の人々の益のために始められ、保たれてきたのです。
霊性についてバーバーは次のように述べた:
それを知らないでいるよりは学ぶ方がよく、学ぶよりは感じる方がよく、感じるよりは体験する方がよい。そして何よりも、それになることが一番です!
それからバーバーは第三の眼について説明した:
完全な意識のなかで眼が内側に向けられると、この眼が[彼の額の中央を指して]開き、そのときには内なるものだけが見えます。これが洞察です。そのとき合一が求められるのです。
今、あなた方は合一を切望していますが、合一しようとしている方を見ないままでいます。眼が内側に向き、この眼が開けば、あなた方は切望するその方を見、合一をいっそう熱烈に切望するようになります。
眼を内側に向けることは機械的に行うことはできません。修練でそうすることは不可能です。しかし、それは導師によって1秒もかからずに行われます。あなた方は真我を見ます。すべてが一変します ── 何にも増して別物のように!
メアリーが尋ねた。「あなたはかつて、第七境地に達して神との完全な合一を得るまでは、すべてが幻影であるとおっしゃいました。なぜ私たちは中間の境地のことを気にかけなければならないのですか?」
答えとしてバーバーは口述した。「合一は実在しますが、たとえ1秒のためであろうと、人は境地を通り抜けねばなりません。サッドグルやアバターが望めば、彼はあなたを1秒で第七境地に上げることができますが、それでもその1秒の間にあなたは六つの境地すべてを通り抜けねばなりません。
