第13章: ナシクとカンヌ
1937年· ババ 43歳ページ 1,781 / 5,444
あらゆる空き時間に、西洋人たちは集められる1万人の貧しい人々に配るため、5ヤードの布で粟(あわ)を一袋ずつ包む作業を手伝うのに忙しかった。ルアーノとナディーンの手首は、布と穀物の包みを次から次へと結ぶうちにひどく痛んだ。ノニーは関節炎を患っていたため、この作業を免除された唯一の西洋人だった。さらに、参加者全員のためにその日のうちに祝宴の料理を作る計画もあった。
バーバーは長らく外部の人々へのダルシャンを止めており、ナシク、ラフリ、メヘラバードのアシュラムに滞在する者以外、誰とも会っていなかった。その他の人々には、彼が隠遁中であると知らされた。しかし、彼は誕生日二日間の祝賀期間中には公衆にダルシャンを与えることに同意し、チャンジにマハトマ・ガンディーへ宛てて次の手紙を書くよう指示した。
1937年2月4日
親愛なるガンディージーへ、
シュリ・メヘル・バーバーの43回目の誕生日が、今月17日と18日に当地ナシクの修養所の敷地にて執り行われる予定です。
この行事の主な催しの一つは、シュリ・メヘル・バーバーが、カースト・肌の色・信条を問わず、近隣諸地区の村々から招かれ集められた1万人を超える貧しく困窮した人々その他に、特別なプラサードとして自ら手渡しで配る穀物と布の分配です。
長らく隠遁中であられるシュリ・バーバーは、この二日間、すべての人にダルシャンを許されます。
この行事はまた、最近この修養所に滞在するため到着した西洋の信奉者たちが、インドの兄弟たちと共に公開行事に参加するのは今回が初めてであることから、東西の弟子・信奉者の出会いの場ともなります。
シュリ・バーバー・サーヘブのお望みは、来られる方々、特に過去にいずれかの時期に彼と接触のあった方々が、この特別な日に彼のお側に居られることです。なぜなら、その時お側に居る一人ひとりが物質的にも霊的にも個人的な益(やく)を得られる点に、この行事の特別な霊的意義と重要性があるからです。
シュリ・バーバーの明確なご意向により、貴殿、ご家族、そして共にここへお越しになることをお望みの方々にシュリ・バーバーのご招待をお伝えする機会を得ましたことは、私にとり大きな喜びです。ご一行様の到着に際しましては、宿泊と食事のご手配を喜んでさせていただきます。
いつもながらのシュリ・バーバーの愛と祝福と共に。
