第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1936年· ババ 42歳ページ 1,728 / 5,444
メモは勇敢で大胆な女性であった。内なる強さゆえに、彼女は反対勢力に正面から立ち向かった。プーナでも同じ状況に直面し、行く先々で絶えず嘲られた。しかし、その大胆な気質ゆえに、彼女には何の害も及ばなかった。彼女の本当の力は息子の神性への信仰であり、バーバーのナザルが彼女に向けられていたからこそ、彼に対する激しい敵意に立ち向かうことができた。
メヘラバードに戻った後、バーバーはラフリとナシクの間を定期的に行き来し始めた。彼はマニに会いにボンベイへも行き、それによって現地の信奉者たちにも彼に会う機会を与えた。彼はナオロジの邸宅に滞在し、信者たちはダルシャンを求めて訪れた。
ダダチャンジ家はバーバーと親しくなっていたが、彼の訪問の際にはひとつだけ家の子どもたちを悩ませることがあった。バチャマイはまずバーバーに食事を出してから、ようやく子どもたちの食事を出すのが常だった。子どもたちは、バーバーの訪問が自分たちにとって厄介だと不平をこぼした。空腹なのに食事が時間通りに出てこないのが主な理由だった。バチャマイはバーバーに、家には来ないでほしいと言いに行くと脅した。するとそれは止めてほしいと子どもたちが懇願した。バーバーが来たときに彼と遊ぶのが大好きだったからである。ある時、子どもたちは、バーバーがあまりに楽しい方なので、いっそ自分たちの家に永住してほしいと提案した。
ときおり、バーバーは事前の招きもなく、突然ダダチャンジ家を訪れることがあった。しかしバチャマイは温かく彼と同行のマンダリを迎え入れ、もてなした。バチャマイは類稀なる女性で、ただバーバーを常に喜ばせるためだけに生きていた。
メヘラバードでは1936年6月初めから、バーバーは眠りも食事も普通で他に症状もないものの、めまいの発作を経験するようになった。14日にはガデカルがバーバーに会いに来、マネック・ランジ、サロシュ、ダケーも訪れた。その後、バーバーはニルとアディ・シニアと共にサロシュ・トーキーズへ映画を見に出かけた。
6月22日の夕方近く、彼はルストム、ペンドゥ、ヴィシュヌを伴ってナシクへ戻った。チャンジもボンベイから呼び寄せられ、その場にいた。バーバーはナワルとディナ・タラティに会いに行き、夫の健康がすぐれないことについてのディナの心配を和らげた。
デシュムク博士は、妻インドゥマティと生まれたばかりの娘サンジーヴァニを連れてナーグプルから来た。一家は23日の朝、ルストムの家でバーバーに会い、その日一日を彼と過ごした。デシュムクは一年ぶりにバーバーに会えて大いに喜んだ。
