第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1936年· ババ 42歳ページ 1,708 / 5,444
ほかの者たちも体調がすぐれなかった。マニは乳様突起部に感染を起こし、3月23日にマンディ・モハッラのホールズワース記念「ミッション病院」に入院し、三日後にロビンソン博士という英国人外科医による手術を受けた。マイソールで料理を担当していたナジャは、病院でマニのそばにつくよう命じられ、コルシェードが料理の仕事を引き継いだ。しかし彼女もまた熱を出してしまった。ワルも病に倒れ、次から次へと困難が彼らを苦しめはじめたかのようだった。メヘラは健康を保ち、バーバーの身の回りの世話に当たり、インドゥは台所の仕事を手伝った。それでもなお、こうしたさまざまな煩雑な事情のために、バンガローの状況は落ち着かないままだった。
男性たちのうち、バーバーのそばで夜警の任にあたっていたチャガンも体調を崩した。もう一つの問題は、土地の不良どもが夜になるとバンガローに石を投げ始め、さらに家を取り囲む竹の覆いに穴を開けて中の様子を覗き見ようとしたことだった。1
こうした病が次々と襲う前は、スナマシが日中バンガローの外で見張りをしていたが、彼女がマニのために料理することになって以来、その役を代わる者がいなかった。男性マンダリの誰も女性側へ行くことが許されなかったので、バーバー自身が見張りに立ち始め、スナマシが料理を終えると彼に交替した。
「これはすべてマイソールのマーヤーです」とバーバーは言った。「全力を尽くして働き、四方八方で複雑な事態を引き起こしているのです!」
バーバーは一日に二、三度マニを見舞いに病院へ行き、スープなどの流動食を持っていった。彼はマニがきちんと治療を受けているかを確かめるため、絶えずチャンジを医師のもとへ遣わした。女性専用の施設の看護師たちは、バーバーの素性が明かされていなかったにもかかわらず、彼に強く引きつけられた。
1936年3月28日、バーバーはこう述べた:
私が「マインド」を向けられない事柄は、外的な手段によって解決していかなければなりません。ヴィヴェーカーナンダが言ったように、「真の師とは、自らの弟子の水準にまで降りて来る者である」のです。私は外的な[粗大]世界の水準まで降りて来て、あなた方ふつうの人間と同じように働き、感じ、苦しまなければならないのです。たとえばマニの場合、私はマインドを向けることができないので、あらゆる外的な手段を通して働き、ふつうの存在のように感じ、苦しむのです。マーヤーは常に逆らう方向に働き、その力は私がマインドを向けられない場所で最も強くなります。
脚注
- 1.竹の覆いは女性たちのプライバシーを守る塀の役目を果たしていた。
