第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1934年· ババ 40歳ページ 1,646 / 5,444
彼はいくつか新しい縁を結んだが、ほとんどの時間を、自身に親しく献身的な人々と共に過ごした。夕方になると、バーバーはたいてい映画を観に行った。(あるときには『鉄の公爵』を観た。)ハイジア・ハウスの階下のホールでは、蓄音機のレコードもかけられていた。
バーバーは主にアメリカ行きの旅の手配に没頭していた。11月30日、彼は自身とマンダリのためのアメリカのビザを取得し、大西洋横断の船便とニューヨークからカリフォルニアまでの列車のチケットを予約しておいた。この仕事のため、人と会ったり面談したりする時間はほとんど残っていなかった。しかし1934年12月1日土曜日、サークル編集委員会の事務所で、彼の献身者や関心を寄せる人々約70名が集まる歓迎会が開かれた。
ヴァルターとヘディ・メルテンス夫妻がバーバーに会うためスイスから到着した。ヴァルターは知的な傾向が強く、あるとき彼はチャールズ・パードムと共にバーバーにいくつかの質問をした。1
知識について、バーバーはこう説明した。「人間には自身を強くするためのあらゆる栄養が備わっていますが、無知ゆえに、強くしてくれるのではなく太らせるだけのものを食べているのです!この比喩には、世界のあらゆる教えが含まれているのです。欠けているのは、胸(ハート)の知識なのです。」
それから彼らのうちの一人が尋ねた。「嫉妬とは何ですか?」
バーバーは綴り板で答えた。「嫉妬は胸の貧しさから生まれ、本質的に利己的なものです。」
「情欲と愛の違いは何ですか?」
「情欲とは、自分自身の幸福を求める欲望にほかなりません。愛とは、他者の幸福を願う望みです。」
「あなたは人間に何を求められますか?」
「愛を通しての真我の実現です。」
「親しい弟子たちには何を求められますか?」
「同じ目標——愛を通しての真我の実現——を達するために、私の指示に忠実に従うことです。」
「どうすれば愛を増やすことができますか?」
「ご自身の苦しみよりも、他者の苦しみのことをより多く思うことによってです。それが最も近い道なのです。」
「物質主義者よりも理想主義者であるほうがよいのでしょうか?」
「ただの理想主義者であることは望みがありません。ただの物質主義者であることも、また望みがありません。両者の間に均衡を生み出すことが必要なのです。」
ノリーナは1934年12月3日にニューヨークから電報を打ち、バーバーの臨席が映画プロジェクトに不可欠であると改めて伝えた。4日、クエンティンはバーバーに会い、マーガレットの霊的舞踊を手伝うと約束した。もともとマーガレットとクエンティンは、これらの舞踊場面の振付のためにバーバーに同行する予定だったが、クエンティンは別の仕事を始めるところだったため、行けるかどうか確信が持てなくなっていた。
脚注
- 1.ヴァルター・メルテンスはカール・ユングと面識があり、この著名な精神科医のもとで精神分析を受けたことがあった。(ヴァルターの父はカール・ユングの妻のいとこと結婚していた。キティはかつてバーバーに、西洋で会いたかったのに会えなかった人物がいるかと尋ねたところ、バーバーは「カール・ユング」と答えられた。数年後、アイリーン・コニビアがユングに『ウェイフェアラーズ』(The Wayfarers)を一冊送った。ユングは、何年も前に[ノリーナを通じて]メヘル・バーバーについてかなり耳にしていたと返信した。)
