第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1934年· ババ 40歳ページ 1,622 / 5,444
バーバーと一行は6日朝5時30分にスイスのバーゼルに到着し、そこで列車を乗り換えなければならなかった。彼らは列車を降り、バーバーは駅のトイレで入浴と髭剃りを済ませた。チューリッヒに着けば人々との面会で時間がなくなるからである。バーバーはホームを足早に散策した後、午前7時30分に別の列車に乗り、2時間後にチューリッヒへ到着すると、ヴァルター・メルテンスが出迎えた。ヴァルターはバーバー、カーカ、アディ・ジュニアを自分の車に乗せ、他の者たちは別の2台の車と荷物用のバスでそれに続いた。一行は街から7マイル離れた、湖のほど近いフェルトマイレンのビュニスホファー通り35番地にあるヴァルターの15部屋からなる大きな家ビュニスホフで降りた。バーバーとマンダリは2年前にもここに滞在していた。ヴァルターの妻ヘディは、家でバーバーを迎えようと喜びをもって待っていた。
バーバーは見晴らしの素晴らしい、開放的で風通しのよい左翼の部屋をあてがわれ、チャンジとアディ・ジュニアは隣の部屋に、トッドはその隣の部屋に入った。バーバーは庭へ出て、彼を慕う者たちと会い、ヴァルターは何枚か写真を撮った。
チューリッヒに住んでいたアニタ・デ・カーロもその場にいた。ラノ、ノニー、ルアノはパリから、マーガレットとメイベルはロンドンから、エニッド・コーフェは(8日に)イタリアから来るよう指示されていた。メルテンス家には彼女たちのための部屋がなかったため、近くのホテル・ラーベンに宿泊した。
7月7日土曜日の朝、バーバーは一行と共に湖畔の近くの遊泳場に行き、彼らが泳ぐ姿を眺めた。
スイスに来る前にバーバーは、メルテンス夫妻に、静かでなおかつ「自由で高い」場所、彼が一日隠遁できる場所を見つけてほしいと頼んでいた。彼らの友人で、シュヴィーツの町出身の小説家にして狩人であるマインラート・イングリンが、彼らがふさわしいと考えた場所を案内した。その日の午後、バーバーはイングリンとメルテンス家の人々と共に、その場所を視察するため車で出かけた。狭い山道を上っていき(通行のため開閉しなければならない牛囲いの門が点在していた)、彼らは山頂に到着した。
