第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1934年· ババ 40歳ページ 1,597 / 5,444
バーバーの車がシャンカラプラム、3番クロス通り66番地のアイヤンガル宅の外に停まったとき、家族の誰も出て来なかった。バーバーは旅の間、正体を悟られないよう頭をショールで覆い、髪を後ろで束ねていたため、遠くから見ていたラクシュミは彼に気づかなかった。ラクシュミと家族の他の者たちは、バーバーが車の中にいると分かるや大いに喜んだ。ラクシュミは急いで二階に彼の部屋を整え、外のベランダはマンダリが使えるように家具を取り払った。その間、バーバーはアイヤンガルの三人の孫と遊んでやり、子どもたちはその夜遅くまで彼のそばを離れなかった。子どもたちはとても無邪気ではあったが、小さなヒルのようにくっついて離れず、バーバーが望んでいた休息を取れないようにした。バーバーはひどい歯痛にも苦しんでいた。バーバーは自室でカカと食事を取った後、就寝した。
翌朝早く、バーバーは車でバンガロールを少しだけ巡り、タタ科学研究所の前を通り過ぎた。市場に行って必要な食料を買った後、バーバーとマンダリは午前9時45分にバスでナンディ・ヒルへ向かった。彼らはバス後部の予約席に座ったが、他の乗客は道中ずっとバーバーをじっと見つめていた。乗客たちは、バーバーがアイヤンガル、グスタジ、カカ、チャンジ、ジャルバイと意思を交わすときに見せる仕草に魅了された。バスは古く、かなり傷んでいた。粗くて揺れの激しい道中に耐えながら、彼らは午前11時30分にスルタンペートに到着した。ナンディ・ヒルと、その頂上へ続く2,000段の階段は、そこから始まっていた。バーバーとマンダリが大きな石段を登る間、たくさんの荷物を頂上まで運ぶために20人のクーリーが雇われた。しかしアイヤンガルは駕籠に乗せられて運ばれるよう命じられた。
宿泊する場所に着くやいなや、バーバーはアイヤンガルと散歩に出かけた。丘を登るバーバーの素早い動きと敏捷さにアイヤンガルは大いに驚き、「バーバーは歩みがとても速くていらっしゃる。少年のように走られる!」と言った。
昼食の後、バーバーは再びアイヤンガルと外出し、マンダリも合流した。道を歩いていると、貧しい男とその妻が反対側から近づいて来た。彼らはハリジャン[いわゆる不可触賤民]で、バーバーと一行が通り過ぎるのを謙虚に待つため、すばやく道の脇に退いた。当時のインドでは不可触賤制が深刻な問題で、虐げられたハリジャンはしばしば苦しめられ嫌がらせを受けていたため、彼らは誰にも触れることを恐れていた。
