第11章: ポルトフィーノ
1933年· ババ 39歳ページ 1,564 / 5,444
バーバーは午後2時から3時30分まで、チャールズという画家のアトリエを訪れ、肖像画のためにモデルとして座った。ミンタが同行した。その日の午後遅く、パードムの妻リリアンがバーバーに会いに来て、トッドの姉妹も来た。トッドの兄弟マルコムがバーバーに紹介されると、自分はかつてカトリックに惹かれたが、教会がキリストの使命を商業化し、人々を彼の教えから遠ざけているという結論に至った、と語った。
バーバーは「それはどこの宗教でも昔から常にあったことです」と述べた。
ある著名な小説家に対し、バーバーは「私は永遠に幸せであり、私の唯一の使命はこの幸福を他の人々に分かち与えることです」と語った。
その夜、アニタの誕生日会が催された。
ウィルとメアリー・バケットもまたバーバーを心から愛しており、バーバーも彼らに対して大きな愛情を抱いていた。この夫妻はバーバーに自宅を訪ねてほしいと願っていたが、そのことについては彼に何も口にしなかった。
19日、バーバーは思いがけず二人に告げた。「明日、あなた方のお宅へ伺いますから、私たち皆にお茶を出してください。」
このことは二人を大いに喜ばせたが、同時に心配にもさせた。バーバーの一行はおよそ30人もおり、バケット夫妻の小さなコテージには椅子が3、4脚と、ほぼ同じ数のカップしかなかったからである。二人はこんなに急にどう用意したらよいかと思い悩み、皆を迎えきれないのではないかと案じた。
二人が一言も口にしないうちに、バーバーは翌朝一行に告げ、彼らの悩みを解決した。「私たちは皆、今日ウィルとメアリーの家へお茶に行きます。皆さんはそれぞれカップとソーサーを持参し、向こうに着いたら床にお座りください。」
この理解と慈悲に満ちた行いに、ウィルとメアリーの胸は愛にあふれた。
バーバーと一行は、ケント州セヴンオークス近郊のホールステッドにあるバケット夫妻の住居「オールド・オーク・コテージ」まで、20マイルを車で向かった。彼らのコテージは、谷を見下ろす小さな丘の上に建てられていた。道があまりに険しく急峻で車では進めなかったため、車は谷の向こう側で止まらざるをえなかった。皆、車を降りて徒歩で進んだ。途中で二人の子どもに出会い、バーバーは温かく彼らを迎えた。
バーバーはコテージの各部屋を歩いてまわり、一つひとつ丁寧に見ていった。
バーバーはアルファベット盤の上で文字を綴り、「ここは私の家です」と示した。
紅茶とケーキ、手作りのパンとジャムが供された。バーバーはほとんど口にしなかったが、紅茶を少し飲んだ。楽しい午後を過ごした後、バーバーはロンドン・グループのドナルド・スローの運転でロンドンへと送られた。
のちにウィルはバーバーに手紙を書いた。「今もなお、あなた様が私たちに与えてくださったものを十分には悟ることができませんが、ほのかに垣間見ることはございます。私はただ、あなた様の愛深き腕に抱かれた一人の子であり、喜びと幸福、そして私と皆を包み込む力と神聖なる美しさに満たされております……そして再び、私たちをあなた様のもとへと引き寄せてくださり、あなた様の愛のうちに包んでくださったことに対し、言葉では言い尽くせぬほどに感謝申し上げます。」
