第11章: ポルトフィーノ
1933年· ババ 39歳ページ 1,559 / 5,444
ドンキンが初めてメヘル・バーバーのことを耳にしたのは、たまたまバーバーが取り上げられていた最近号の『オカルト・レビュー』を購入した時のことだった。1彼はハリー・ストラットンに連絡を取り、チャリング・クロスにバーバーのための事務所があることを知り、そこでウィル・バケットらと会った。
バーバーがロンドンに滞在していると聞き、ドンキンは会いに来た。
バーバーはこの若者に会えて大いに喜び、彼にこう述べた。「インドにいる私の弟子の一人が医学を学んでおります。私は彼に医師になるよう頼みました。彼の名はニルカンスといい、学業を終えたら私のもとに来て一緒に暮らすことになります。そしてアシュラム敷地内に大きな病院が開設されるのですが、私には外科に通じたもう一人の医師が必要となるのです。」
ドンキンは言った。「私はセント・バーソロミューで医学を学んでおります。外科を専攻すべきでしょうか?」
「それは良いでしょう」とバーバーは答えた。「希望されるのなら、それを学んでください。」
ドンキンは答えた。「外科は興味深いものですので、必ずそれを学びます。」
バーバーはドンキンの決意を高く評価した。部屋を出る際、ドンキンはドアの取っ手に手を置いた瞬間、突然の衝撃を受けた。後に彼が語ったところでは、その瞬間、彼はメヘル・バーバーが神であると悟ったのだった。ドンキンはこう回想した。「私はあのお方のお顔を見ませんでした。部屋にあった目をくらませる光以外、何も見えませんでした。そしてあまりに茫然としていて、何が起きたのかわかりません。私は誰かに連れ出されて街へ出ました。しばらくしてから、ようやく周囲のものを認識し始めたのです。」
導師に会った後、この若者は一週間にわたり絶え間なく神聖な体験を得ていた。喜びに満ちあふれ、彼はどこに行ってもバーバーを見るのだった。
この喜びは深く、ただ体験することのみが可能で、言葉では言い表せないほど深いものである。しかしこの体験こそがウィリアム・ドンキンをメヘル・バーバーの足下へと導いた。彼は六年後にマンダリの常駐の一員となる運命にあったのである。
1933年10月15日日曜日、バーバーと面談した人々の中に、現在の世界情勢についてバーバーに尋ねた一組の夫妻がいた。
バーバーはこう述べた。「戦争の可能性は十分にあります。仮にそれが回避されたとしても、世界にはより大きな混沌が訪れることになります。つまり、混沌とした状況は避けられないのです。永遠の平和の段階に至るためには、それが起こらねばなりません。それを引き起こす火花は一年以内に起こり、一年半後には本格化し、二年間続くでしょう。私はそのドラマで主導的な役を演じなければなりません。」
バーバーが製作を望んでいた映画に資金援助をしていたエルシー・ヘンリー・ドムヴィルに対して、バーバーは創造について語った。「あなたが目にする創造は、最も微小な塵から最も広大な広がりに至るまで、私から出てきたものなのです。
脚注
- 1.『オカルト・レビュー』1933年11月号。
