第11章: ポルトフィーノ
1932年· ババ 38歳ページ 1,494 / 5,444
ご返信といたしまして、シュリー・バーバーは、あなたに関して伝えたいと思っておられた興味深い事柄は、いつか直接お会いした折にお伝えするほうがよりよい、とお考えで、そのようにあなたへお伝えするよう私にお命じになりました。書簡で伝えますと、こうした表現はどうしても味気ないものになってしまい、書かれた言葉は趣も魅力も失ってしまいます。直接お話しする折に込められる風味を、そのまま乗せて運ぶことは、書面ではかなわないのです。それゆえシュリー・バーバーもあなたのお考えにご同意くださり、いつかあなたが彼とご一緒なさる時には、共に素晴らしい時を過ごす機会となるであろうとおっしゃっておられます。
今回は、私たちの西洋巡遊が約六か月に及ぶ可能性がございます。バーバーは21日にボンベイを発って、イタリア、ドイツ、イギリスへ向かわれるご予定です。そしてその後、アメリカも訪問なさるおつもりでおられます。
このような慌ただしい世界巡遊の理由は、東西いずれの帰依者も等しくバーバーのご臨在をいっそう必要としていらっしゃるほどに、その愛と献身が高まってきていることに鑑みて、これらが絶対に必要不可欠となったことに帰せられます。「愛」の規範は、まったく異なり、唯一無二のものなのです!
バーバーは一年のうち六か月は東洋で、六か月は西洋でお過ごしにならねばならないこととなりましょう。東洋と西洋の間に霊的なつながりを築き、その霊的な集いをご自身の霊的な御業の土台として固めるという彼のご使命を見渡す限り、外的なすべての兆しからして、これは避けがたいものと思われます。
私が前回のお手紙の中で「バーバーは言われた」という言葉を書いてしまったために、再び誤解が生じてしまいました。これはバーバーが舌でお話しになったという意味に受け取られるべきではございません。バーバーがアルファベット板の助けを借りておっしゃったものと理解すべきものです。沈黙を破らずに話すことなど、どうして可能でございましょうか?バーバーについて他の方々と長年にわたり会話したり書簡を交わしたりする中で、「シュリー・バーバーは言われた」あるいは「シュリー・バーバーはおっしゃる」と頻繁に申し上げることは、いまや日常的な事柄となっております。これは常に、バーバーがアルファベット板を通しておっしゃったものとして理解されてまいりました。
あなたがお手紙にお書きになった内容とは違って、こちらにいる私たちのうちで、誰一人として、私の手紙の「言われた」という語の下に赤鉛筆で線を引いた者はおりません。むしろ反対に、私たちは、あなたのほうから届いたお手紙の中に、赤や青の鉛筆および墨の印や引っかき跡をたびたび見つけてまいりました。私たちは、これがあなたによってなされたものではあり得ないと当然のように受け止めておりました。今になって、あなたが「言われた」という語の下に赤鉛筆の線が引かれているのをご覧になったために、ことさら「バーバーは言われた」という言葉を重視されたのだ、ということを私たちは理解いたしました。
