第11章: ポルトフィーノ
1932年· ババ 38歳ページ 1,486 / 5,444
その後、チャンジはイェラワダ中央刑務所からグジャラーティ語で書かれたガンジーからの次の返信を受け取った:
1932年10月10日
刑務所長気付
イェラワダ中央刑務所、プーナ
ダダチャンジ兄弟へ、
これは23日付のあなたの手紙への返信です。バーバーに関する私の立場を明確にしたいと思います。一人の人間が他者の神を見る助けになり得るとは、私には信じがたいです。私の胸はこの考えを受け入れることを拒みます。しかし、バーバーがそのように主張なさるのであれば、もし彼が私に神を見せてくださるならその助けを歓迎すると申し上げるほかありません。ある人が神を見たと言うからといって、その人が必ず神を見たと信じる必要はありません。そのような主張をする多くの人が妄想に苦しんでいることが見いだされます。多くの場合、その主張は自分自身の願望のこだまにすぎません。私は神を見るということが、私たちの外の何らかの力を見ることだとは決して信じません。なぜなら、神は私たち皆の胸に住まわれると信じているからです。しかし神を胸を通して知る者は、何千人に一人にすぎません。知性で神を知るだけでは十分ではありません。この意味において、いかなる人も他の人が神を見る助けにはなり得ないと、私は確かに感じます。
他人の主張に応じて、神を見ることができるようになるために断食することはできません。私はそうするのは、自分の中から衝動を感じたときだけです。そしてそのような衝動が生じたときは、誰にもその一歩を思いとどまらせることはさせません。断食が私が神を見る助けになると仮定する根拠は全くありません。私が40日断食することに同意すれば、バーバーが神を見る助けをしてくださる、とは信じられません。それは安易な取引でしょう。それほど簡単に神を見ることができるのなら、その経験は私にとって何の価値もありません。
私はバーバーが人生を別々の領域に分けないと考えていました。人生をダルマに捧げている人にとって、政治、経済などはすべてダルマの諸相であり、そのいずれをも除外することはできません。私の考えでは、ダルマを人生の多くの活動の一つと見なす人は、ダルマが何であるかを知りません。したがって、私がいつか政治、社会改革、その他類似の活動を放棄するかもしれないということは、私には思いもよらないことです。私はダルマのために政治、社会奉仕などの分野に入ったのです。
