第11章: ポルトフィーノ
1932年· ババ 38歳ページ 1,485 / 5,444
今や事の次第はすべて明らかとなり、あなた様ご自身も、なぜ報道機関がこの点について沈黙しているのかと驚きの念をお示しくださいましたゆえに、あなた様とシュリー・バーバーとのご関係についての忠実かつ詳細な記述を、できるだけ早い機会に公にいたします。ただし、あなた様に関わるいかなる事柄も、あなた様のご承認とご修正なしに報道に出ることはございません。そのために、書き記したものを正式にお目通しのため提出いたします。
敬具
F・H・ダダチャンジ
二週間後、チャンジはガンジーにもう一通の手紙を書いた。
1932年10月8日
アブドゥラ・ハルーン・ジャファー氏方
サイフィー・レーン、イースト・ストリート、プーナ
親愛なるマハートマジーへ、
六日付のお葉書を頂戴し、私の二十三日付の長文の手紙に対して二、三日のうちにご返事をくださるご意向であると拝承いたしました。
一方、上に記しましたお葉書でのご助言に従い、内務担当委員に接触してみましたが、お話の様子からすると、面会許可の権限はインド政府にあるように見受けられます。私としてはそこまでの段階に踏み込むことは望みませんので、シュリー・バーバーのご伝言の件は、あの方からのさらなるご指示があるまで保留としております。また、二十三日付の手紙の最終段落で触れた広報資料の写しを、報道に提出される前にあなた様の閲覧・修正・ご承認をお願いするために同封いたしました。適切とお思いになられる加筆や修正は、どうぞご自由になさってください。
付け加えますならば、シュリー・バーバーご自身はおおむねあらゆる広報をお嫌いになります。しかし[新聞各紙]と大衆からの要求が切迫しておりますうえに、すでに新聞に出ました歪曲された報道によって大衆の心に生じている誤解を解消することは、きわめて必要なことなのです。それゆえ私どもは、西方ご巡遊中にヨーロッパおよびアメリカでシュリー・バーバーが諸団体、新聞各社、大衆と持たれました面会の短い記録と、霊的な主題に関するあの方とあなた様との会見・談話の記録を併せて公にすることが望ましいと判断いたしました。新聞各紙はこれを特別な意義と重要性を持つ事柄と見なしているのです。
あなた様もよくご賢察のとおり、やむを得ぬ事情がございませんでしたなら、このようなお手数を決しておかけ申し上げることはございませんでしたでしょう。なにとぞご寛恕いただきとう存じます。
ご都合のつきしだい、書類をご返送くださいますようお願い申し上げますとともに、心よりのご挨拶を添えて、
敬具
F・H・ダダチャンジ
追伸——明日プーナを発ちますので、書簡はすべてサロシュ・モーター・ワークス株式会社、ナーシク気付にてお送りくださいますようお願い申し上げます。
