第11章: ポルトフィーノ
1932年· ババ 38歳ページ 1,452 / 5,444
過去にいずれかの霊的存在に対してこれほどの広報がなされたことがあったのか、あるいはそのような存在がすべての国のあらゆる階層の人々にこれほど広く知られたことがあったのかと、皆が訝りました。
しかも、バーバーはお話しになりませんでした。しかしそれは障りではありませんでした。その沈黙はむしろ威厳に満ち、人々に深い感銘を与え、霊感をもたらすものでありました。私たちがいつものように、バーバーは七年間お話しになっていないと一部の人々に説明すると、彼らは「でも、お話しになる必要はありません!あの瞳を見てください。あの瞳が雄弁に語っています!あのお顔を見てください、何と多くのことを表しているか!」と声を上げるのでありました。
また別の人々は、バーバーが黒い〔アルファベット〕板で何千人もの人々に講義してきたと私たちが申し上げると、信じられない様子でありました。「なんと素晴らしいことか」と彼らは感嘆するのでありました。「素晴らしい……驚くべきこと……壮大だ!」これらは、ほとんどすべての人が口にする一般的な表現でありました。「神秘家や導師たちは東方から大勢やって来ましたが、あの方のような方はおられませんでした。彼らは来て去って行きましたが、バーバー、あなたは留まるためにいらっしゃったのであり、永遠に私たちの胸の中にとどまっておられます。私たちはあなたのことを、とりわけそのお顔を、決して忘れることができません。そのお姿は私たちの胸に刻まれております。」
これらは、あのお方を目にして愛するに至った人々の胸から自ずとあふれ出た表現のいくつかであります。「胸を持っている人であれば、あのお方を見ることはすなわちあのお方を愛することです」とある人は語りました。真理を真摯に求める多くの探求者たちにとって、あのお方は最も高い〔境地〕に到達せんとする彼らの努力における、またとなき友であり導き手となられました。あのお方のご指示に従って行うほんの数分の瞑想が、〈道〉を歩み進もうとする数多の人々の努力の助けとなりました。彼らはバーバーのお助けを通じて自らの霊的理解が育っていくのを感じ取ることができ、その感謝の念たるや、必要とあらば命を投げ出してでも十字架まであのお方に従う覚悟があるほどでありました。
三人で二十個の荷物を抱えた狭苦しい小さな船室での十三日間の苦しい船旅——モンスーンの嵐、ひどい暑さ、しばしば閉ざされた舷窓——のすえに、カイザル・イ・ヒンド号は1932年7月29日金曜日にマルセイユに到着した。バーバーは、ロシアを経由して中国から来たキティ・デイヴィーと、その弟ハーバートに出迎えられた。一行はイタリアン・リヴィエラ沿いに位置するサンタ・マルゲリータ行きの列車に乗り込んだ。翌日、クエンティン・トッドを大いに驚かせたことに、バーバーは予定より早く到着した。クエンティンはサンタ・マルゲリータとパラッジ両町の間に、バーバーとマンダリのためにフィオレンツァという別の別荘を借りており、バーバーはそこを大いに気に入った。
バーバーの到着に先立ち、25日にはマーガレット・クラスケとメイベル・ライアン、そして彼女たちの弟子の一人であるオードリー・ウィリアムズが到着しており、28日にはディーリア、ミンタ、ステファニー、キムが到着した。
バーバーの滞在中、サンタ・マルゲリータの雰囲気は美しかった——温かな日差し、青い海、そして見事な海岸線の風景が広がっていた。
