第11章: ポルトフィーノ
1932年· ババ 38歳ページ 1,450 / 5,444
アメリカで世界最大級の放送会社の一社が、自社の世界中の支社〔ラジオ・ネットワーク〕を通じて、バーバーの最初のスピーチとメッセージを世界へ放送すると申し出ました。著名な医師であり科学者でもある人物が、写真とともに新聞に声明を発表し、自らの科学的研究にもとづく論拠を述べたうえで、人間が七年もの長きにわたり沈黙を守ったのちに口を開くのは身体的に不可能であると主張し、バーバーが本当に話せるかどうかなどに対し深刻な疑念を表明しました。
皆が7月13日の運命的な出来事とその瞬間を切に待ち望みました……そして衝撃が訪れたのです。中国で非常に重要なお仕事をなさり、そこから戻られると約束しておられたバーバーは、その地から電報を送り、霊的な理由で次のお誕生日である1933年2月まで発話を延期したと冷ややかに告げられました。
これがアメリカのすべての人々——彼の方の熱心な帰依者、崇敬者、愛する者たち、ひいては一般の人々——にどれほどの心情と失望をもたらしたか、十分にご想像いただけることと思います。深刻な疑念を抱き、この〔霊的な〕事柄を信じない者たちにとっては、これは彼の方の不在中に、また彼の方の背後で何でも書きたてることのできる格好の論争の種となりました。バーバーを愛し従う者たちは、〔いささか微妙、危険ですらあり、それでもなお責任をもって向き合わねばならない状況〕に置かれました——アメリカのような国で押し寄せる、ありとあらゆる愚かな問いに説明を与えなければならなかったのです——自身の失望に〔対処すること〕は言うまでもありません。
バーバーは誰よりもこのことをよくご存じでありながら、わざとそうなさり、しかもそれを楽しまれました!と申しますのも、彼の方ご自身が説明されたとおり、ご自分の偉大なお仕事に欠かせないとお考えになったこの反対と微妙な状況を望まれ、それゆえ皆を大いに当惑させながらも、自ら愉快にそれを作り出し、進んで招き入れられたからです!
彼の方はおっしゃいました。「弓の弦をより強く引くほど、矢がより遠くまで飛ぶ力は大きくなります。これはまさにそれと同じなのです。反対が大きいほど、私の仕事を支える力も大きくなります。私のすべての仕事と同じく、これも人類の安寧のためですから、私は少しも気にいたしません。」
彼の方はこのように私たち皆にお話しになり、実際にそのとおりすべてを行われたのです。そして静かに、穏やかに、彼の方は中国から、将来のための事を整えるために赴きたいと思っておられたヨーロッパへと向かわれました。
その途中、彼の方はインドに〔お立ち寄りになりました〕。ボンベイへ到着される前日まで彼の方が来られることは誰も知らず、そこでも親しいマンダリだけを呼び寄せて事情をご説明になりました。
